国際・政治 世界エネルギー大戦 

日本のエネルギー戦略に今、短・中期と長期の使い分けが必要なこれだけの理由=橘川武郎

今も石炭火力発電所として主力の中国電力の三隅火力発電所(島根県浜田市)
今も石炭火力発電所として主力の中国電力の三隅火力発電所(島根県浜田市)

日本のエネルギー戦略 短・中期は石炭火力を再評価 長期でガス田開発に取り組め=橘川武郎

 2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻は、それ以前から進行しつつあった世界的規模の「エネルギー危機」に拍車をかけた。原油価格は、新型コロナウイルス禍による規模縮小からの経済の回復による石油需要の拡大、脱炭素への流れの高まりによる石油上流部門への投資の低迷、産油国の増産への消極的な姿勢などの影響で、2020年半ばから上昇傾向をたどっていた。

 それが、ウクライナ侵攻によって、文字通り「急騰」の様相を呈するにいたった。22年3月7日には、ロンドン市場で北海ブレント原油先物の期近物が1バレル=139ドルにまで上昇したのである。エネルギー危機が世界を襲ったのは、ロシアが天然ガス、石油、石炭の主要な輸出国の一つだからである。特に、ロシアからの天然ガス供給に大きく依存するドイツで、その影響は大きく表れた。

 ドイツではなんと、あの緑の党に属するロベルト・ハベック経済・気候保護相が、22年の原子力発電停止、30年の石炭火力停止を、それぞれ先延ばしすることを検討する、といったん表明する事態となった。ドイツでは結局、炉型の特殊性による資材調達難や残存炉の出力の小ささから原発停止の延期は撤回されたが、石炭火力の停止延期は可能性を残している。

大きい「政府力」の差

 ドイツとともに、グリーン投資の対象を選定する欧州連合(EU)独自の仕組み「EUタクソノミー」に原子力を含めることに反対してきたベルギーも、25年に予定していた原子力発電の全廃を10年間延長することを決めた。

 これらに比べ、日本政府の反応は鈍い。欧州に比べればエネルギーのロシア依存度は高くないが、日本はLNG(液化天然ガス)で9%、石炭で11%、原油で4%をロシアからの輸入に頼っており(21年)、影響が小さいわけではない。日本のロシアからの輸入品目を見ても、LNGなどエネルギー、鉱物が大半を占めている(図1)。ロシアのウクライナ侵攻は特に天然ガス市場に衝撃を与えているが、それへの対処能力は原子力発電や石炭火力に余剰能力を持つ国ほど大きい。

 それは、天然ガス火力の出力が低下しても、原発や石炭火力で補うことができるからで、日本とドイツはその代表格だといえるが、反応の機敏さには雲泥の差がある。日本政府は今年7月の参院選への影響を気にしているためか、エネルギー危機に対して特段、具体的な動きを示していない。ドイツと比べて、危機対処に関する「政府力」の差はあまりに大きいのである。

 日本では、11年の東京電力福島第1原発事故を契機にして、電源構成に占める原子力発電の比率は大きく低下した。代わって比率を高めたのは主として火力発電であり、19年度の電源構成は、LNG火力37%、石炭火力32%、石油など7%、再エネ18%、原子力6%となった。したがって、現時点でLNG火力の出力が低下した場合に、補完機能を持ちうるのは石炭火力、再エネ、原子力ということになる。

原子力は歴史的転換点

 もちろん再エネによる補完が理想的であるが、これは発電設備の新設を伴うので時間がかかる。これに対して、石炭火力・原子力の場合は既存設備を利用できるので即効性がある。ドイツ政府はこの点に注目して原発や石炭火力の利用延長を検討したのであるが、日本政府は具体的な動きを見せていない。

 ここで看過してはならない点は、原子力が、短・中期的には重要な選択肢となるものの、長期的にはその存続の是非について改めて真剣に議論すべき時が来たということである。ロシアはウクライナの原子力施設に関して、その周辺の送電設備を含めて、軍事的な攻撃対象とした。従来、日本では地震・津波・火山活動が、欧米ではテロによる大型民間航空機の突入が、それぞれ原子力発電の主要なリスクと考えられてきた。

 これに対して今回、軍事標的になるというまったく新しいタイプのリスクが顕在化したのであり、この新しい知見に基づき、原子力発電の持続可能性について根本的に問い直す必要性が生じたのである。原子炉建屋を狙ったミサイル攻撃を防ぎきれるのか。たとえ、自衛隊を原発に配置したとしても、周辺の送電設備まで守りきれるのか。これらの点について、改めて検討し直す必要がある。

 石炭についても、原子力と同様のことがいえる。ロシアのウクライナ侵攻が加速させた天然ガス危機は、短・中期的には代替財としての石炭の価値を高める。しかし、石炭火力がある程度復活し、それへの依存期間が延びるということは、最終的に石炭火力をたたむ道筋を表すロードマップを明示する必要性がいっそう高まったことも意味する。

 問題があるAという手段をやむをえない事情で使う場合は、必ず、Aから脱却する道筋をもまた、併せて提示しなければならない。現在、日本では、熱効率が高く、1キロワット時当たりの二酸化炭素排出量が相対的に少ない超々臨界圧の石炭火力の建設が進行中である。これらの新設工事は24年には完了する予定である(表1)。短・中期的には、これらの高効率石炭火力は、わが国における電力の安定供給に貢献するだろう。

アンモニア火力へ転換

 しかし、高効率石炭火力であっても、相当量の二酸化炭素を排出することに変わりはない。長期的には、石炭火力そのものを停止しなければならない。日本が考える長期的な石炭火力からの脱却策は、アンモニア火力への転換である。石炭火力発電所の既存設備を使いつつ、燃料の石炭にアンモニアを混ぜ、徐々にアンモニアの混焼率を高めていく。やがては、アンモニア専焼…

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