投資・運用 日本株 沸騰前夜

日本の株高は勢い加速も 新NISA控え先回りする外国人(編集部)

 1990年のバブル崩壊以来、33年ぶりの株高に沸く日本。今年の夏以降、上昇の勢いが加速するかもしれない。東京証券取引所を傘下に持つ日本取引所グループ(JPX)が新たに導入する株価指数、「JPXプライム150」の算出が7月3日に始まることが、引き金になりそうなのだ。

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 新指数は、東証プライム市場に上場する企業のうち、資本効率の高い150社を選んだものだ。構成銘柄のうち指数のウエート(重み)が大きい上位(表1)には、ソニーグループ(5.6%)、キーエンス(4.2%)、NTT(3.3%)、第一三共(2.6%)などが並ぶ。その一方で、トヨタ自動車や、三菱UFJフィナンシャル・グループなど3大金融グループ(メガバンク)は指数から外れている。

東証の新指数がソニーを採用し、トヨタを外したことは、日本企業に資本効率を意識させるきっかけになりそうだ(トヨタ自動車の豊田章男会長(左)とソニーグループの吉田憲一郎会長)
東証の新指数がソニーを採用し、トヨタを外したことは、日本企業に資本効率を意識させるきっかけになりそうだ(トヨタ自動車の豊田章男会長(左)とソニーグループの吉田憲一郎会長)

 株式時価総額で日本トップのトヨタや、日本の金融システムの中枢であるメガバンクがなぜ含まれないのか。疑問を解くキーワードは「資本収益性」と「市場の評価」だ。前者は「株主資本利益率(ROE)と株主資本コスト(投資家が期待するリターン)の差」に、後者は株価純資産倍率(PBR)にそれぞれ着目した。トヨタは、2023年3月期で2兆4513億円の純利益を稼ぎ出し、日本企業トップだが、PBRが0.93倍(6月2日)と、東証が是正を求めている1倍割れの状態にある。3メガバンクはPBRが0.5~0.6倍台とさらに低い水準で推移する。

 中堅資産運用会社のベテランアナリストは、プライム150指数の導入効果について、「今回のような株高局面では、精鋭企業を集めた株価指数にプレミアムが付きやすい。日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)だと、PER(株価収益率)で15倍程度が限界だが、プライム150なら25倍に上がってもおかしくない」と指摘。その上で、「プライム150が上昇すれば、日経平均株価とTOPIXも追随しやすい。バリュエーション(株価の評価尺度)に格差が生じることで、割安な銘柄に買いが入る裁定が働くからだ」と強調する。

PBR向上は改革の本丸

 今年3月31日に、東証が、PBR1倍割れの是正を求める異例の呼びかけしたのは、日本の株式市場が大きな転機を迎えていることを、国内外の投資家に訴える狙いもありそうだ。

 独立系運用会社、コモンズ投信の伊井哲朗社長は、「海外投資家からみて、日本株を買う際に問題になることが二つあった。ガバナンス(企業統治)のあり方と資本効率の低さだ」と指摘する。伊井氏は、「PBRは、ざっくりいって、日本が1倍、欧州が2倍、米国が3倍(金融除く)だ。日本企業は資本効率を重視していないとみられていた」と話す。

 企業統治改革では、アベノミクス(安倍政権の経済政策)の肝いりで、スチュワードシップ・コード(機関投資家の行動指針)と、コーポレートガバナンス・コード(企業統治の指針)が始まった。ガバナンス・コードは、21年6月改正で、プライム上場企業を対象に独立社外取締役の3分の1以上の選任や、管理職における人材の多様性(女性や外国人などの登用)などを求めた。

 コモンズ投信の伊井氏は、「ガバナンスコードは、主に経営体制についての取り組みだが、PBR1倍割れに対する東証の改善要請は、本質的な意味でのガバナンス改革だ」とみる。日本を代表するトヨタといえども、新指数から外す「荒療治」はその一環でもある。

 今回、東証が日本企業の「稼ぐ力」の強化に向けて重い腰を上げたのは、個人投資家の優遇策であるNISA(少額投資非課税制度)」が来年1月に大幅に拡充され、制度が恒久化されることが念頭にあるはずだ。「日本の個人投資家がいつ株式投資に動き出すのかを気にしていた海外投資家は、ガバナンス改革と新NISAに強く注目している」(伊井氏)という。

 企業側も個人投資家の取り込みを意識し始めている。表2は今年春に発表された主な株式分割の事例だ。上場企業が1株をいくつかの株に分割して発行済み株式数を増やすことで、1株当たりの株価と最低売買金額が小さくなる。個人投資家にとっては、株を買いやすくなるのだ。

 例えば、1株を25株に分割(基準日は6月30日)すると5月12日に発表したNTT。1単元(売買の最低単位)当たりの投資金額は現在の40万円程度から1万円台に低下。個人投資家層の裾野を広げる効果が強く期待できるだろう。

「割安」に気付いた外国人

 株式市場活性化への日本国内における環境整備に加えて、海外マネーが日本市場に向かうかどうかも焦点だ。この点で、日本株に有利な環境が醸成されつつある。

 米国は、昨年からの急激な金利引き上げにより、景気後退に陥る懸念が強い。欧州は、エネルギー調達に不安を抱え、インフレも厳しい。中国は、コロナ禍の収束後の経済回復が期待ほど高くない。

 対して日本では、円安による輸出企業の業績押し上げや、インバウンド(訪日外国人旅行客)の回復など、経済面での好材料が多い。コロナ禍に伴う金融緩和であふれ出したグローバルマネーは、リスク分散の観点で、新たな投資先を探しており、その行き先として日本への注目が高まっているのだ。

 フィデリティ投信の王子田賢史・ディレクター・オブ・リサーチは、米国株に比べた割安感が大きな投資機会であると語る。

「この十数年、米国株も日本株も上昇しているが一番の違いは、米国株は企業の収益が伸びるに連れ、株価のバリュエーションも上がっているのに対し、日本株は企業収益が伸びているのに、バリュエーションは横ばいか、ちょっと低下していることだ。つまり、日本株はバリュエーションの拡大分を取れていない。企業との対話を深め、このギャップを埋めることができれば、日本株のパフォーマンスはもっと良くなるはず」と期待を込める。

大きい「バフェット効果」

 国際金融市場に詳しい経済評論家の豊島逸夫氏は今年3月に渡米し、日本の株式市場に対する関心の高まりを実感したという。豊島氏は、「日本株の見直しが間違いなくウォール街で始まっている」と述べる。投資期間別に、投機筋(短期)、世界経済の動向を睨(にら)んで動くグローバル・マクロ系ファンド(中期)、年金基金(長期)の動向の見極めが必要と強調する。

「いま日本の株価を押し上げている外国人投資家はほとんどが短期のヘッジファンドだ。この部分はいずれ売られるだろうが、グローバル・マクロ系が買いに動くと少なくとも半年から1年は保有する。彼らはモメンタム(勢い)に乗って投資するので、日経平均が3万5000円くらいまで上がっても買いを入れる可能性がある」という。さらに豊島氏は、「米国第二の規模の公的年金のカルスターズ(カリフォルニア州教職員退職年金基金)も日本株を買い出した」と述べ、米著名投資家のウォーレン・バフェット氏率いる米バークシャー・ハサウェイが、日本の5大商社に追加投資したことの影響が大きいと指摘する。

「バフェットさんが日本株を買ったことで、年金基金などでは理事会で日本株投資に対する承認が得やすくなる。日本株のリスクを取りにいく際に、『あのバフェット氏が買ったのだから』と理由にできる」という見立てだ。

 本格的に海外マネーが日本株に向かった場合は、日経平均株価は89年12月29日につけた史上最高値(3万8915円)を超えることができるのか。豊島氏は「グローバルなマネーの流れをみると、世界にはとてつもない過剰流動性が存在し、新たな運用先を求めて徘徊(はいかい)している。その一部が日本に来るだけで、あっという間に日経平均は3万8000円くらいには達するだろう」と指摘している。

(浜田健太郎・編集部)

(和田肇・編集部)


週刊エコノミスト2023年6月20日号掲載

日本株 沸騰前夜 東証新指数「トヨタ外し」が好材料 新NISA控え先回りする外国人=浜田健太郎/和田肇(編集部)

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