経済・企業 GX150兆円

次世代電力ネットワークに11兆円 パワエレ技術で直流送電を長距離化 野田琢

北海道と本州を結ぶ直流送電線「北本幹線」(函館~青森)の設備(青森県)電源開発送変電ネットワーク提供
北海道と本州を結ぶ直流送電線「北本幹線」(函館~青森)の設備(青森県)電源開発送変電ネットワーク提供

 政府のGX基本方針では、電力の次世代ネットワークに今後10年間で11兆円の投資を見込む。中でも脚光を浴びるのが直流送電だ。

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 2020年6月に米映画「エジソンズ・ゲーム」が日本で公開された。電気事業萌芽(ほうが)期の1880~90年代の米国で、直流送電を推進した発明家トーマス・エジソンと、交流送電を推進した実業家ジョージ・ウェスティングハウスによる「電流戦争」を描いたものだ。ウェスティングハウスには天才科学者といわれたニコラ・テスラが協力した。この映画の前半は、電気の普及草創期で、エジソンが開発した直流送電が主流。当時の直流送電技術では長距離の送電ができなかったため、発電所も都会のすぐ近くにあった。

 だが、次第に数十キロメートル離れた都市に送電する中距離送電の時代に入りつつあり、電流戦争は比較的長距離の送電が可能という理由で、ウェスティングハウスの交流送電に軍配が上がる。以後、交流送電は世界各国で採用され、世界のほぼ全ての国の送電設備は交流となる。しかし、現在は技術の進歩により、長距離ならば直流送電が有利となる状況も出てきた。

東西に分かれる周波数

 直流の電気とは、乾電池やバッテリーが発生する電気と考えてもらいたい。発生する電圧(V)は変化せずに一定で、これを送電線の片方の端に接続すると、「電線の抵抗」ともう一方の端に接続した電球など「負荷の抵抗」の和(R)に対応した電流(I)が流れる。

 本稿では、送電線に電源を接続した方を「送端」、電球など負荷を接続した方を「受端」と表記したい。電圧と電流、抵抗には、有名な「オームの法則」V=RIが成立する。送端の電圧は、送端に加えた電源の電圧に等しく、受端に近づくにつれて、少しずつ電圧が小さくなる。つまり、送端よりも電線の抵抗分(ロス分)だけ小さい電圧が、負荷である電球に供給される。

 一方、交流とは、短い周期の間にプラスとマイナス(正負)を入れ替える電圧・電流の電気のことだ。例えば、日本は電気の周波数が、東日本50ヘルツと西日本60ヘルツに分かれているが、50ヘルツとは、1秒間に50回正負が入れ替わるという意味だ。後述するが、交流は発電機で簡単に発生できる。ただし、電流の正負が高速で入れ替わるため、電線に流れた電流が周囲に磁界をつくり、電線上の電流を流れづらくする方向のわずかな電圧を生じる。これを「インダクタンス」と呼ぶ。

 さらに、電圧の正負が高速で入れ替わると、2本の電線間の電圧がそこに電界をつくり、電圧を小さくする電流が、電線間にわずかに生じる。これを「キャパシタンス」と呼ぶ。インダクタンスを人為的に発生させるのが「コイル」(銅線などをらせん状に巻いたもの)。キャパシタンスを人為的に発生させるのが「コンデンサー」(電気を蓄えたり放出したりする部品)だ。

火花放電が電極摩耗

 次に交流送電と直流送電を比較する。エジソンの時代に存在した送電関係の装置は、「交流発電機」「直流発電機」「変圧器」だ。交流発電機は永久磁石や電磁石で発生した磁界中で、回転軸につながったコイルが回転する。そうすると、そこに交わる磁界の量が時間とともに変化し、電圧が発生する。このコイルは180度回転すると、磁界が交わる向きが逆になる。つまり、発生する電圧・電流が逆になる。これが交流だ。

 直流発電機も原理は同じだが、発生した交流を直流に直す必要がある。これが難しい。コイルが180度回転した時点で、回転軸につながったコイル両端の端子を入れ替えて、逆に接続する必要がある。多くの場合、回転軸上のコイル両端の端子に、金属製のブラシ(黒鉛など軟らかい材質のはけ)を接触させて、180度回転した時点で、機械的に逆に接続されるよう工夫する。だが、ブラシに接触する端子が常に入れ替わるので、接触が完全でないことによる火花放電が生じる。

 変圧器は、交流専用で直流には使えない。鉄心の周りに電線を巻いてコイルを作り、電線の電気エネルギーを鉄心中の磁気エネルギーに変換する。鉄心に別の電線を巻いておくと、そのコイルで磁気エネルギーを再び電気エネルギーに変換できる。この時、前述の別々に巻いた二つの電線の巻き数を違えることで、電圧と電流を自由に変化させることができる。ただし、電圧と電流の掛け算(積)である電力は変化させることができない。そのため、電圧を大きくすると、電流が小さくなり、電圧を小さくすると、電流が大きくなる。

 送電線で決まった量の電力を送る場合に問題となるのは、電線の抵抗、つまり、電力が減少してしまうことだ。これを最小化するためには、電線を流れる電流をできるだけ小さくし、代わりに電圧をできるだけ大きくするとよい。交流の場合、交流発電機で発生した電力を変圧器で高い電圧・小さい電流に変換してから、送電線の送端に接続して送電し、受端(家や工場近く)に変圧器を設置して、使いやすい電圧に戻せばよい。

 前述の電流戦争で、交流送電が勝利したのは、このように変圧器で自由に電圧を変換できたためだ。この交流システムを考え出したのがニコラ・テスラだ。直流の場合は変圧器がないので、高い電圧・小さい電流に変換できない。エジソンは直流発電機を直列接続して、高い電圧を発生させようとしたが、高い電圧を発生させようとすればするほど、前述のブラシによる火花放電が大きくなる。火花放電は電極を摩耗させるので、長時間の使用に耐えない。これが直流送電が敗北した理由だ。

変換器のコスト高額

 現代はどうなのか。キーワードは「パワーエレクトロニクス」(パワエレ)の発展だ。パワエレは、半導体素子を使って超高速でスイッチの入り切りを行い、電圧と電流、電力を制御する技術。これにより、直流から交流、交流から直流、直流の電圧変換が自由に行えるようになった。送電線の距離もエジソン時代の数十キロメートルから、数百キロメートルに伸び、地中・海底送電ケーブルも用いられるようになった。

 送電線が長距離になると、前述のインダクタンスが大きくなり、ケーブルを使うとキャパシタンスが大きくなる。つまり、より長距離の送電線に交流を使うと、電圧や電流の制御が難しくなる。特に海底送電ケーブルは、ケーブルのキャパシタンスが大きくなり過ぎて、受端に送れる電力が小さくなってしまう。このとき役立つのが直流送電だ。直流はそもそもインダクタンスやキャパシタンスの影響を受けず、パワエレ技術で電圧も変えることができるからだ。

 ただし、パワエレ技術にも欠点はある。大きな電力を直流や交流に変換する場合、パワエレ変換器のコストが相当な高額になってしまう。

 したがって現在では、海底ケーブルによる大規模な送電などを計画する場合、採算面の条件をクリアすれば、直流送電を採用する。つまり、今も昔も利用できる技術を考え、綿密なコスト比較を行い、総合的判断から、交流送電か直流送電かを決めているということだ。例えば、日本でも北海道と本州、四国と本州を結ぶ送電線や、東日本(50ヘルツ)と西日本(60ヘルツ)をつなぐ系統連系送電線などには、直流送電が用いられている。

(野田琢・電力中央研究所 副研究参事)


週刊エコノミスト2023年8月1日号掲載

GX150兆円 11兆円 次世代電力ネットワーク 「交流」に一時は敗れた「直流」=野田琢


北海道から東北、東京へ 海底直流送電を新設方針

 脱炭素を進めるには、再生可能エネルギーの導入をさらに拡大する必要があるが、風力発電などの再エネを、大都市に送るためには大規模な送電網の増強が必要になる。この増強計画をまとめたものが、電力広域的運営推進機関(OCCTO)が3月29日に策定した「マスタープラン」だ。

 マスタープランは2050年のカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量を実質ゼロ)達成目標を踏まえた長期計画で、政府のGX基本方針にも盛り込まれている。マスタープランによると、今後、再エネの急拡大(主に風力発電)が予想される北海道、東北、九州地域から、関東、中部、近畿圏などの大都市に電力を送るため、電力系統(送電・変電・配電のシステム全体)の増強・新設を進める。

 このうち、新設が打ち出されたのは、①北海道~東北の太平洋ルート、②東北~東京の太平洋ルート、③北海道~東北~東京の日本海ルート――で、海底ケーブルによる高圧直流送電で整備を進める。また、④九州~中国ルート、⑤中部・関西間の中地域、⑥東北・東京間――の連系線や、長野県と静岡県に3カ所ある周波数変換所(東西連系線)を増強するほか、各地域内でも設備を増強する。

費用は6兆~7兆円

 政府は21年に策定したエネルギー基本計画で、30年度の電源構成の目標として再エネの比率を19年度実績の2倍の「36~38%」とする。GX基本方針では系統整備について、今後10年間で過去10年間の8倍以上(1000万キロワット以上)の規模で加速する方針を打ち出し、北海道からの海底直流送電は30年度を目指して整備を進めるとうたっている。

 マスタープランでは、再エネの導入がさらに進んだ標準的なシナリオで投資額を6兆~7兆円と見積もる。これほどコストがかかる理由の一つには、直流送電は交流送電に比べて送電ロスが少ないが、既存の交流送電設備に接続する変換設備(交直変換設備)が高額になることが挙げられる。例えば、長野県の新信濃周波数変換所(交直変換所)の増設工事(120万キロワットから210万キロワットに増強)は16年に着工し、21年3月に完成したが、約1300億円の費用がかかっている。

 整備費用については、20年に改正した再エネ特別措置法で再エネ賦課金の一部を充てることなどが可能となった。現在は事業者の資金調達を円滑にするため、完成・稼働後からではなく、それ以前からの充当を可能とする案が、経済産業省の審議会で議論に上がっている。また、全国の送電網を調整するOCCTOからの資金貸し付けや、国による債務保証なども検討されている。

 経産省では、マスタープランに沿った具体的な整備計画を今年度内に策定する予定で、整備の具体的費用、資金調達の方法などが決まる見込みだ。海底直流送電にどのような企業がかかわるのかは決まっていないが、東芝や日立製作所、富士電機などの重電、電機メーカーのほか、一部では海外勢が参入するとの見方もある。

(編集部)


週刊エコノミスト2023年8月1日号掲載

北海道から東北、東京へ 海底直流送電を新設方針(編集部)

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