法務・税務エコノミストリポート

「信託型ストックオプションで買った自社株の含み益も給与所得」と国税庁 植村拓真

国税庁と経済産業省が5月、東京都内で開いた信託型ストックオプションを巡る説明会 スタートアップエコシステム協会提供
国税庁と経済産業省が5月、東京都内で開いた信託型ストックオプションを巡る説明会 スタートアップエコシステム協会提供

スタートアップ企業に税負担や追徴リスク

 今年5月、国税庁が示した見解が、スタートアップ(ベンチャー企業)を驚かせた。「信託型ストックオプション」と呼ばれる自社株購入権について、国税庁が給与所得にあたるとして、税率が最高55%に上るとの判断を示したためだ。

 信託型ストックオプションは、従来型のストックオプションと比べて、税負担が小さくなるとして注目され、スタートアップによる導入が広がっていた。各種報道によると、導入企業の中には新たに生じることになった税負担を会社側が負担したり、株価が下落したりする企業があるなど、影響が広がっている。国税庁がスタートアップの業界団体などを対象に同月開いた説明会では、導入企業から厳しい批判の声が相次いだという。

 そもそも、ストックオプションとは、会社の役員や従業員などが、あらかじめ定められた価格で自社の株式を購入できる権利のことだ。役職員は会社の株価がまだ低い段階で自社の株式を取得し、事業規模の拡大などにより将来的に株価が上昇した時点で株式を売却することでキャピタルゲイン(値上がり益)を得ることができる。

 役職員にとっては将来的なキャピタルゲインが見込めるため、仕事へのモチベーションアップにつながる。一方で、会社側にとっても高額な報酬を支払うことなく、優秀な人材の獲得・確保につなげられるため、双方に大きなメリットがある。株価が上昇するほど将来的に得られるキャピタルゲインが大きくなるため、成長性の高いスタートアップ企業やIPO(新規株式公開)準備企業を中心に導入が広がっている。

デメリットも多い従来型

 ただ、従来型のストックオプションには、いくつかのデメリットが指摘されていた。

 その一つが、ストックオプションの発行時点で割当先の役職員、割当数を決めなければならないことだ。活躍を見込んで採用時にストックオプションを割り当てた役職員が、入社後に期待通りの活躍をしなかったり、退職してしまったりした場合でも、原則として一度付与したストックオプションは回収できない。

 もう一つのデメリットは、無償で取得したストックオプションにより得た利益には高い税率が適用され、税務的に不利になることだ。こうした場合を「税制非適格ストックオプション」と呼ぶ。具体的には、ストックオプション発行時点での株価と、権利行使(=自社の株式を購入すること)時の株価の差額が、労働の対価である給与とみなされ、その給与所得に最高税率55%が課税されてしまう。これは受け取る役職員にとっては大きな税負担となる。

 無償で取得した場合でも、一定の要件を満たす場合は、権利行使時に課税されない「税制適格ストックオプション」となる。ただし、その要件は厳しい。例えば付与する対象が会社やその子会社の取締役・執行役・使用人、もしくは弁護士や専門エンジニアなどの外部協力者であること▽権利行使期間が付与決議後2年を経過した日から10年を経過する日までであること▽権利行使価額が年間1200万円を超えないこと──などを満たすことが必要になる。

 役職員が有償で取得するストックオプションである場合も、権利行使時に課税はされない。有償のストックオプションは税務上、役職員が購入した金融商品とみなされるからだ。ただし、取得にあたって金銭的な負担が役職員に生じるデメリットがある。

 税制適格ストックオプション、有償のストックオプションはともに、役職員が株式を譲渡したタイミングでのみ譲渡所得が発生し、税率も約20%に抑えられ、メリットが大きい。だが、デメリットも大きいというのが実情だった。

「有償」の認識だが……

 そこで、従来のストックオプションにおけるこれらのデメリットを解決するために考案されたのが、信託型ストックオプションだ。

 仕組みとしては、まず会社の代表取締役などの委託者が、信託会社などの受託者に対し、ストックオプションの時価相当額を払い込む。その後、受託者も発行会社に対して同額を払い込む。これに対し、発行会社は同額に相当するストックオプションを受託者に割り当てる。受託者がストックオプションを保管し…

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