法務・税務エコノミストリポート

犠牲者が出た大川原化工機事件 現職警官が「捏造だった」と証言 粟野仁雄

噴霧乾燥機を指さして説明する大川原正明社長(筆者撮影)
噴霧乾燥機を指さして説明する大川原正明社長(筆者撮影)

 横浜市のメーカーが製品を中国に不正輸出したという容疑で、社長らが逮捕・起訴された。しかし、事件は前代未聞の経緯をたどった。

「経済安保」を大義に強引捜査

「外為法違反の容疑で捜索令状が出ています」

 2018年10月3日午前、横浜市──。自宅を出て精密機械製造会社の大川原化工機に出勤しようとした大川原正明社長に警視庁公安部外事1課の捜査員が声をかけた。捜査員は自宅に上がり込み、パソコン、ノート、手帳、携帯電話などを段ボール箱に詰めて持ち去った。

 同じ日、他の幹部社員の自宅や本社も家宅捜索された。大川原氏は「機器類の設計図も押収され、販売先からの修理の依頼などに応えられなくなり、困り果てた」と振り返る。

 噴霧乾燥機とは、ステンレス容器内に噴射した液体に向けて高熱を吹きかけ、瞬時に粉末にする機械だ。コーヒーやスープなどの粉末食品、薬品、セラミック製品など用途は広い。同社は噴霧乾燥機のトップメーカーだ。

生物兵器を製造するには

 警視庁が捜査に着手した法的根拠は、政府が2013年に改正した輸出貿易管理令(政令)と経済産業省令にある。改正の目的は生物兵器を製造できる機械の輸出規制を強化することだった。政令は「軍用の細菌製剤の開発、製造若しくは散布に用いられる装置又はその部分品」を規制対象とし、その一つに一定要件を満たす噴霧乾燥機を挙げた。経産省令によれば、その要件は「定置した状態で内部の滅菌又は殺菌をすることができるもの」などだ。

 同省安全保障貿易管理課によれば、省令にある「定置した状態で」とは「噴霧乾燥機を普段運転する時と同じ状態で分解・移動せずに」という意味だという。

 なぜ「定置した状態で」という文言が重要なのか。噴霧乾燥機の通常の使い方は、粉末を製造した後、残留した雑菌などを除去するために機械内部を洗浄し、滅菌・殺菌するというものだ。

 では、噴霧乾燥機を使って生物兵器を製造しようとする者がいるとしよう。製造後に機械内部の残留物を滅菌・殺菌する際、もし機械を分解しなければならないとしたら、作業者は残留する有害な菌にさらされ、健康を害してしまう。つまり、作業者が機械を分解せずに安全に滅菌・殺菌ができる噴霧乾燥機は軍事利用しやすいので規制対象とするというわけだ。

 家宅捜索から2カ月後の18年12月以後、大川原氏、島田順司元取締役、相嶋静夫顧問の幹部3人、それに貿易実務を担当する女性社員など総勢50人もの役職員が警視庁の求めに応じて原宿署や新宿署に出頭した。大川原氏はその回数を「私は約40回、島田さんは35回、相嶋さんは20回ほど」と振り返る。女性社員も25回ほど出頭し、「供述調書の修正を何度申し入れても取り合ってくれない」と訴え、うつ病を発症した。

 機械内部に洗浄液を自動的に噴出する「自動洗浄装置(CIP)」が備わる噴霧乾燥機もあるが、大川原化工機の噴霧乾燥機にはない。しかし、取調官は同社の噴霧乾燥機について、「熱風を機械の内部に送り込み続ければ、残留物を殺菌できるはず」と主張。島田氏は「規制要件に該当するのは、CIPを装備し、かつ粉体が漏れたり吸引されたり触れたりできない装置が備わったもののはず」と反論したが、取調官は聞く耳を持たなかったという。

会社は倒産の危機

 20年3月11日、警視庁公安部は噴霧乾燥機を16年に中国にあるドイツ企業の子会社に不正輸出した容疑で、大川原、島田、相嶋の3氏を逮捕。のちに同社が韓国に別の噴霧乾燥機を不正輸出した容疑で再逮捕した。マスコミが逮捕を報道したことで、同社は信用を失ったという。財務などを担当する初沢悟取締役が言う。

「銀行も新規の融資を停止した。このままでは倒産するかもしれないと危機感を持ち、残った社員は会社を何とか守ろうと必死だった。それでも19年度に31億5500万円に上った受注高は20年度に18億4600万円まで落ち込んだ」

 経産省安全保障貿易管理課によれば、乾熱殺菌できる噴霧乾燥機の場合、省令にある「内部の滅菌又は殺菌をすることができる」に該当する目安は「機械内部の温度を100度以上に保てること」。

 しかし、…

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