教養・歴史書評

誇り高く労働者の権利を説いた伊藤野枝 没後100年 ブレイディみかこ

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 平凡社ライブラリーの『大杉栄セレクション』と『伊藤野枝セレクション』(共に栗原康編、平凡社、各1760円、1870円)が届いた。今年は2人の没後100年であり、記念して出版されたようだ。面白いのは、前者より後者のほうが分厚いところ(1・5倍はあるぞ)。近年の伊藤野枝人気を反映するようでもある(編者の個人的な好みの問題も無論あるだろうが)。

 伊藤野枝が「大杉栄のパートナー」としてではなく、一人の物書きとして知られるようになったのは、言うまでもなく栗原康著『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店)のヒットがきっかけだった。以降、野枝の波瀾(はらん)万丈な人生は、小説やドラマになって若い世代に再発見されている。が、その劇的な生涯や、人物としての魅力ばかりに焦点があたってきたのは間違いない。

「すこし紹介したように、野枝の人生はとにかくぶっとんでいておもしろい。だが、それ以上におもしろいのは、やっぱり思想だ」

『伊藤野枝セレクション』の解説で栗原氏はそう書いている。本当に、野枝の思想は今だからこそタイムリーに刺さるのだ。

 たとえば、昨年から物価高で欧州一のインフレ率を誇る英国では、貧困が拡大し、大規模なストライキが続いている。英国の労働者たちは、政府や資本家に賃上げをお願いしたところで埒(らち)が明かないと認識したからだ。この「お願い」のことを野枝は「搾取機械にとりすがる」ことと表現している。なんという強烈で適切な言葉だろうか。

「乞うて与えられるものには、必ず恩恵が附随して来る」「自覚した労働者は、かかる侮辱を甘受する忍耐は持たない」「権利は譲歩から、自屈からは生れない」……。

 今の日本に、ここまで誇り高く労働者の権利を説く人がいるだろうか。いたとして、権利をどうこうする前に義務を果たせとか、偉そうなことを言わずに身分をわきまえろとか、袋だたきにされるのではないか。…

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