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ジャニーズ性加害めぐる“メディアの沈黙” 内部統制の無効化の果てに 稲井英一郎

性加害問題を受け、記者会見で謝罪するジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子前社長(右)と東山紀之新社長
性加害問題を受け、記者会見で謝罪するジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子前社長(右)と東山紀之新社長

 ジャニーズ事務所の性加害問題で、「メディアの沈黙」が話題だ。根拠なく「テレビも共犯」と決めつける人もいるが、事実に沿って考えたい。

 筆者はかつてメディア企業で不正やハラスメントの通報があれば調べる立場を経験しており、沈黙の背景に潜むものを疑問点に沿って整理してみた。メディアは知っていたのか。報道できなかった(しなかった)のか。ジャニーズ事務所はメディアを沈黙させたのか。

 まず、うわさを聞いただけでは「知っていた」とは言えない。記事にするには確かな証言やエビデンスを集める必要があるが、調査報道は実力がないとできない。そして日本のメディアには、内部調査や監査を嫌がる風土が根強い。「この程度のことで」と思う人も多く、社内や親密取引先の不祥事や不正は通報されにくいので、記事に「しない」「できない」ことが多い。芸能エンタメ関係は、なおさらだ。

 では、『週刊文春』報道をめぐる裁判で、性加害の事実を2003年に東京高裁が認めた後はどうか(翌年に最高裁で確定)。同年は「世界に一つだけの花」が大ヒットし、木村拓哉氏主演の「GOOD LUCK!!」が37.6%の視聴率を記録。「SMAP」全盛時代がこの後10年以上続き、「嵐」もやがて大ブレークする。

 この裁判で、被害者数は法廷で証言した2人を含む「10人以上」とされたが、外部専門家で構成する再発防止特別チームは「少なく見積もっても数百人の被害者がいる」とした。どちらも被害は深刻だが、その数が「10人以上」か「数百人」かで、与える衝撃度は違う。判決は当然報道すべきだが、絶大な権力をもつジャニー喜多川氏の存命中に、数百人以上という被害実態に調査報道で迫る力はメディアにはなかっただろう。

生じた二重権力構造

 ジャニーズに食い込めば、広告主が喜び、高視聴率で広告単価が上昇。ドラマ主題歌を系列会社で著作権管理させてもらえれば使用料収入も入る。必然的に、民放に限らず、テレビ局のジャニーズ担当者に編成や制作の権力が集まり、事務所の意向を社内に伝えて自らも優遇される「ジャニ担」が何人も生まれる。外部から見えない「入れ子」のような二重権力構造が生じ、ジャニ担がもたらす成果にトップや編成営業担当役員は期待する。時にはジャニ担が役員に登用され、周囲が逆らえない環境ができる。

 こうしてテレビ局には「多少の不正やハラスメントは放っておいても」と思う人が増え、内部統制の無効化が進む。これは、常勤役員だけの話ではない。新聞社や広告代理店のトップらが兼任する社外取締役や監査役も内部統制の穴を見つけようとしなかった責任は免れない。

 結局、日本のメディアには調査報道をする力もなく、視聴率や売り上げが上がれば、不正や内部統制の抜け穴など気にしないという経営幹部が多数いた結果、「沈黙」は起きたのだろう。

(稲井英一郎・ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2023年10月10・17日合併号掲載

FOCUS ジャニーズ性加害 「ジャニ担」優遇の果てに沈黙 無効化進んだメディアの内部統制=稲井英一郎

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