教養・歴史書評

明治大正期の経済学者の“師匠”だった天野為之の業績を解説 評者・原田泰

『天野為之 日本で最初の経済学者』

著者 池尾愛子(早稲田大学商学学術院教授)

ミネルヴァ書房 3080円

 石橋湛山は、明治大正期に活躍した経済学者のほとんどは天野為之から学んだか、彼の著作や経済論説を読んだかしており、彼の教え子たちだと書いている。

 天野の経済学は、J.S.ミル『経済学原理』の祖述と言われてきたが、それにとどまらない独自のものがあると本書はいう。天野は、度量衡、特許などの諸制度、通貨と国内金融制度を整え、国際金融市場と直結させること、消費者や労働者の保護を求めている。さらに、利益だけを求めても、それを得続けることはできないと指摘した。また天野は、二宮尊徳に注目し、そこに近代合理主義と道徳性と経済発展の思想を見いだした。

 天野の時代は、ドイツ歴史学派が貿易保護を唱えていた時代だが、開国によって日本経済が発展したと認識していた天野は、国際貿易こそが経済を発展させると強調していた。

 天野は、ミルの経済学にマクロ的視点を見いだした。生産の増加には資本が重要であり、資本の増加をもたらすのは貯蓄である。貯蓄を投資に結び付ける手段として、日本の株式市場は過度に投機的で本来の機能を果たしていないとし、銀行に期待を寄せていた。天野は、当時の株式市場について江戸時代の大坂・堂島のコメ取引所が投機的であるのと同様に過度に投機的と批判的である。しかし、今日、堂島取引所が有効であったとする研究があることを考えると、天野の株式市場への評価は一方的であるかもしれない。

 天野は、経済全体での貯蓄資金と投資資金の融通がうまくいかないと不況に陥る可能性があると指摘した。貯蓄を資本にする銀行の機能を認識することから、後のケインズ的思考に到達したといえる。本書は、これを、その後の大恐慌時代における石橋や高橋是清のケインズ的言論にまで結び付くものと評価する。

 また、天野は、植民地を持つなら、そこには自由貿易を行わなければならないと主張した。英米が日露戦争において日本に同情的であったのは日本が門戸開放主義を主張してきたからである。日本は、イギリスの保護国に輸出をしている。日本がその保護国で外国に門戸を閉ざせば、外交上危険な状況に陥ると主張した。これは、植民地は必要ない、自由な貿易と資本移動があればよいと唱えた石橋湛山の小日本主義の先駆ともいえる主張である。

 本書は、英米の経済学の単なる紹介でなく、当時、日本が必要とした経済学を発展させた天野の業績を明らかにしている。

(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)


 いけお・あいこ 一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士学位取得(早稲田大学)。著書に『グローバリゼーションがわかる』『赤松要 わが体系を乗りこえてゆけ』など。


週刊エコノミスト2024年4月16・23日合併号掲載

『天野為之 日本で最初の経済学者』 評者・原田泰

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