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物価鈍化で欧米は利下げへ 日銀はようやく「普通の金融政策」へ 南武志

「普通の金融政策」に戻っても前途は多難。写真はマイナス金利政策解除についての記者会見を終えた日銀の植田和男総裁(日銀本店で3月19日)
「普通の金融政策」に戻っても前途は多難。写真はマイナス金利政策解除についての記者会見を終えた日銀の植田和男総裁(日銀本店で3月19日)

 新型コロナウイルス禍による混乱を経て、物価上昇対応に直面する各国の中央銀行。ただ、欧米とは異なり日銀はようやく利上げしたばかりだ。

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 日銀は3月19日、11年間続けた異次元緩和を終了して、17年ぶりに利上げするとともに、今後は「普通の金融政策」を行うことを決定した。「普通の金融政策」とは、短期金利の誘導を主要な政策手段とし、それによって物価安定や持続的な経済成長を目指すものだ。この政策運営は1960〜70年代の大インフレ時代を経て、主要国の中央銀行で確立された。

 しかし、2008年のリーマン・ショックにより世界規模の経済・金融危機に見舞われた際、政策金利をゼロ近辺まで引き下げた中銀は、「次の一手」として長期国債などを買い入れる非伝統的とされてきた手法を採用することを余儀なくされた。長年、物価が持続的に下落するデフレと闘ってきた日銀はそのフロントランナーであり、価格変動が大きい社債やETF(上場投資信託)の購入やマイナス金利導入も採用してきた。

 しかし、賃上げが好調な24年春闘を背景に、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することが見通せる状況に至ったと判断し、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の解除に踏み切った。今後はどのような条件がそろえば次の利上げを決断するかに焦点は移ったが、日銀は当面、緩和的な金融環境を継続するとしている。

 新型コロナウイルス禍の影響で20年の世界経済はマイナス成長に陥ったが、コロナワクチンの普及を機に欧米諸国は行動制限を緩和し、ペントアップ(繰り越し)需要が急拡大するなど、景気が急速に回復した。半面、弱体化した供給サイドの再構築が追い付かなかったこと、さらには半導体不足など世界的なサプライチェーン障害が発生したこともあり、21年からはインフレ加速が始まった。

40年ぶりのインフレ

 コロナ禍を受けて、欧米の主要中銀は大規模な資産買い入れ、政策金利のゼロ近辺への引き下げなどに踏み切っていたが、インフレは一時的で、じきに沈静化すると当初は静観していた。しかし、想定外にインフレが加速したため、21年後半に各中銀はコロナ禍対応の特別措置を停止。22年に入り、資産買い入れの縮小や停止、利上げの再開など、金融引き締めを本格化させた。

 こうした中、22年2月のロシアによるウクライナ侵攻を機に、穀物、エネルギーなど1次産品の価格が急騰し、インフレ圧力は一段と高まった。米国の消費者物価指数(CPI)は22年6月、前年同月比9.1%上昇、欧州の消費者物価指数(HICP)も22年10月には同10.6%上昇。日本でも23年1月に消費者物価指数(生鮮食品除く総合、コアCPI)が同4.2%上昇と、いずれも約40年ぶりの高い伸びを記録した。

 そのため、米国の中銀にあたる連邦準備制度理事会(FRB)は23年7月、政策金利(フェデラルファンド・レート)の誘導目標を「5.25〜5.50%」まで、欧州中央銀行(ECB)も23年9月に政策金利(主要リファイナンス・オペ金利)を4.5%まで、ともに引き上げた。さらに、中銀の資産規模も米国はピークに比べ15%、ECBも同じく23%圧縮させた(いずれも今年2月末時点)。

 23年以降は、1次産品価格の沈静化や金融引き締め効果などもあり、インフレ率は鈍化に転じたが、中期的な物価目標である「2%」を上回ったままだ。また、食料・エネルギー以外の分野での上昇圧力の高さ、さらに労働需給の逼迫(ひっぱく)や高すぎる賃金上昇率もあり、金融引き締めは継続された。

 一般的に金融政策の効果が出るには時間がかかる。足元の景気が堅調でも、金融引き締め状態が続けば、景気や物価の失速を招きかねない。それゆえ、金融政策運営は将来の景気・物価を予見しながら判断する必要がある。

 足元のインフレ率を確認すると、米国はFRBが参照するPCE(個人消費支出)デフレーターは前年同月比2.4%上昇(今年1月)、欧州のHICPも同2.6%上昇(今年2月)と、ともに目標とする2%へと下がってきた。日本でも今年2月、コアCPIが同2.8%上昇となり、一時期の物価上昇の勢いは鈍化している。

「財政ファイナンス」懸念

 米国では労働需給が徐々に緩和しているほか、消費も減速に向かっているため、6月には利下げに転じると予想される。だが、米国では物価下げ渋りのリスクもあり、その後の利下げは慎重に判断されるだろう。

 一方、欧州では高すぎる賃金上昇圧力が利下げ転換への障害であったが、景気が低迷していることもあり、賃金上昇の鈍化傾向が確認できれば米国と同様、年央には利下げに転じるとみられる。

「普通の金融政策」に戻った日銀だが、異次元緩和の結果、巨額の金融資産を保有するに至っている。日銀は国債発行残高の54%を保有しているほか、ETFは時価で約70兆円を保有している。植田和男総裁はどこかの時点で保有資産の縮小を視野に、国債買い入れを減額すると表明したが、当面は月6兆円程度の国債買い入れを継続する方針で、とりあえず保有残高は維持するとみられる。

 しかし、デフレではなくなった今、大量の国債買い入れを続ける理由は乏しく、このままでは中銀が政府の国債を直接引き受ける「財政ファイナンス」が疑われかねないのも事実だ。また、このままETFやREIT(不動産投資信託)を持ち続けるのか、その際の弊害はないのか、売却するならタイミングはいつか、などもいずれ検討されるべきであろう。

 また、日銀が今後、利上げしていくのであれば、それに伴って大量に抱える準備預金への付利金利も上昇し、日銀の収益が赤字化する可能性がある。大幅利上げを実施した欧米中銀ではすでに赤字となったところもあり、日銀もそれに追随するとみられる。なお、中銀決算が赤字となっても、政策運営に問題はないとの考えがある半面、国庫への繰り入れがなくなるほか、莫大(ばくだい)な財政赤字の存在と合わせて日本円の信認に影響が出かねないとの見方もある。日銀の政策運営は前途多難といえる。

(南武志〈みなみ・たけし〉農林中金総合研究所理事研究員)


週刊エコノミスト2024年4月16・23日合併号掲載

世界経済入門 金融政策 物価鈍化で欧米は利下げへ 日銀はようやく「普通」転換=南武志

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