教養・歴史 書評

『民主主義のための社会保障』 評者・浜矩子

著者 香取照幸(上智大学教授) 東洋経済新報社 1980円

自助挫折の代替ではなく自立のための共助・公助を

 この著者は、2017年に『教養としての社会保障』というベストセラーを放っている。評者も、この著作にはお世話になった。昨年、税金に関する拙著を執筆するに当たって大いに参考にさせていただいた。奥ゆかしくも、この拙著のタイトルや版元をここに明記することは差し控えておく。「差し控える」などというと、まるで某国某首相の国会答弁みたいで不愉快になる。だが、こういう場合に使うのはまぁいいだろう。

 それはともかく、本書は、17年のヒット作の続編である。となれば、ぜひとも、拝読しなければ。そう気負いこんで読み進んだ。期待に違(たが)わず、貴重な発見の数々を得た。

 特筆すべき発見の一つが、何と、上記の某国某首相の十八番(おはこ)である「自助・共助・公助」に関するものだった。某国某首相の認識がいかに的外れであるかを、本書が教えてくれた。本書によれば、共助と公助は自助を可能にするためにある。自助がままならなくなった時、それでも人々の自立への道が閉ざされないために共助があり、公助がある。本書にそう示されている。

 某国某首相の言い方は、「まず自分でできることは自分でやってみる。それでもダメなら共助し合え。さらにそれでもダメなら公助が出動してやる」というものだ。共助・公助を自助のための支えとはまるで位置づけていない。発想が転倒している。そのことが、本書を読んで改めてよく分かった。心強い限りだ。

 この点との関連で、次のくだりに我が意を得た。「保険料とは自分のためだけではなくみんなのためのもの、社会全体のリスク回避のための拠出です。だから社会保険料のことを英語で『contribution』と呼ぶのです」。なぜ我が意を得たかといえば、上記のタイトル明記を差し控えた拙著で、評者は、税金は自分のために払うものではなく、納税は他者のための無償の愛を形にした行為だと書いている。せんえつながら、我々の発想は基本的に同じ方向感をもって流れていると思う。

 さらにもう一つ、大いに我が意を得たのが、「今、日本の社会で拡大しつつある格差や貧困を解消するためになすべきことは、規制緩和ではなく規制改革、つまり新しいルールをつくることです」という指摘だ。某国某首相とその前任者は、規制改革と規制緩和を明らかに同一視してきた。そんな構えを、本書がきっぱりと否定している。この姿勢の中からこそ、「民主主義のための社会保障」というネーミングが生まれた。そう確信する。

(浜矩子・同志社大学大学院教授)


 香取照幸(かとり・てるゆき) 1980年旧厚生省入省。内閣参事官、年金局長、雇用均等・児童家庭局長等を歴任し、2016年厚生労働省を退官。17年に在アゼルバイジャン共和国日本国特命全権大使を務め、20年より現職。

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