教養・歴史 書評

海外企業の模倣ではなく日本独自の人の生かし方を追求 評者・加護野忠男

『日本の人的資本経営が危ない 強みを活かした変革の戦略』

著者 佐々木聡(パーソル総合研究所上席主任研究員)

日経BP 2750円

 企業経営における人材育成の大切さは、経営の研究者や実務家によってこれまで繰り返し叫ばれてきた。そのたびに人事管理の重点も労務管理から人事管理へ、さらに人的資源管理から戦略的人的資源管理へと移ってきた。人的資本経営もその延長上にあるものだと考える読者がいるかもしれない。だが、それは著者が目指すものではない。人材の重要性を基本に立ち返ってきっちりと認識し、その価値を高めるような経営が人的資本経営である。

 著者は人的資本経営の考え方のルーツはアダム・スミスにまでさかのぼることができるという。その考え方を著者は次のように紹介している。「富というのは特権階級が重視する金銀を増やすことではなく、庶民にとって必要な生活の必需品を労働によって増やすことだ」とするスミスにとって、豊かな社会を生み出すためには人的資本が重要である。

 日本的経営が終身雇用、年功序列、企業別組合という3種類の雇用慣行によって支えられているということを最初に明らかにしたのは、米国の経営学者ジェームズ・アベグレンだが、この終身雇用は原文では「life-time commitment」である。直訳すれば「生涯にわたる一体化」だ。中途転職する人材が増えているとはいえ、定年退職後も勤務していた会社を「わが社」と呼び続け、生涯にわたる一体感を持っている人々はまだまだ多い。企業もこのような人々を大切にしようとして大きな負担をしている。その意味で終身雇用はまだまだ死んではいない。

 著者はパーソル総研という調査・コンサルティング会社のコンサルタントである。1980年代に日本で経営コンサルティングビジネスが脚光を浴びたが、その頃は、欧米とりわけ米国で開発された戦略コンセプトを日本に紹介・導入することでこのビジネスは成長してきた。その際、日本企業の経営は遅れたものとして頭ごなしに批判されていた。

 日本の経営を全否定するのがはやりであった。しかし著者は、このような方法とは異なった方法でコンサルティングに取り組もうとしている。日本企業の特徴をよりよく理解し、その長所を生かし弱点をカバーする手掛かりとなる思想と方法を欧米の先端事例に求め、それを人的資本経営として体系化し、日本企業に導入しようとしている。このような新しい方法を提案するコンサルタントが日本で出現したことを喜びたい。本書がより多くのビジネスマンに読まれ、日本企業の人的資本経営が発展することを願う。

(加護野忠男・神戸大学特命教授)


 ささき・さとし リクルートに入社、人事考課制度やマネジメント強化に携わったのち、ヘイ コンサルティング グループ(現コーン・フェリー)を経てパーソル総合研究所へ。著書に『日本的ジョブ型雇用』(共著)がある。


週刊エコノミスト2023年4月25日号掲載

書評 『日本の人的資本経営が危ない 強みを活かした変革の戦略』 評者・加護野忠男

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