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米大統領選を展望する㊦ 強気の発言を繰り返すトランプ氏が恐れるもの 中岡望

米ニューハンプシャー州マンチェスターでの選挙イベントに参加するトランプ前国大統領(2023年4月27日) Bloomberg
米ニューハンプシャー州マンチェスターでの選挙イベントに参加するトランプ前国大統領(2023年4月27日) Bloomberg

 米国では2024年の大統領選挙に向けて、現職のバイデン大統領が出馬表明し、民主党と共和党ともに候補者選びの予備選挙運動が今後本格化する。㊦では、争点に関するトランプ前大統領の発言を取り上げ、注目の共和党予備選挙と大統領選への影響を検証する。

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正面から答えず話をはぐらかす

 前回紹介した、CNN主催の市民集会(5月10日)で、トランプ前大統領の発言は強気で傲慢的ですらあった。CNNのホワイトハウス詰めの記者ケイトラン・コリンズ氏が司会を務めたが、厳しい質問を繰り返す彼女を遮り、彼女を「卑劣な人だ(nasty person)」と呼び、侮蔑する場面すら見られた。会場のトランプ支持派の人々は、トランプ氏の発言に同調して笑い声をあげた。

 その一方で、多くの問題に直面しているトランプ氏は、釈明に追われ、未来に向けた明確な政策はほとんど聞くことができなかった。「自分が大統領になったらウクライナ戦争は1日で終わらせる」という信じがたい発言まで飛び出した。「あらゆる問題は自分が大統領になれば即座に解決する」とも語っていた。

 コリンズ氏の質問には真正面から答えず、話をはぐらかして勝手に持論を展開する強気のパフォーマンスは大統領時代と変わらない。シンクタンク・リーズンファウンデーションのクリスチャン・ウィトン理事長は「トランプの奇妙な発言は2016年の大統領選挙でトランプを大統領に選び、2020年の選挙でトランプを見捨てた浮動票を遠ざけるだけであった」と、浮動票の離反を招く可能性があると指摘している。トランプ氏の発言を、もう少し詳細に見てみよう。

中絶問題は大統領選の大きな争点に

 中絶問題は、2024年の大統領選挙の大きな争点になる。22年の中間選挙の共和党不振の理由は、トランプ氏が推薦した極右系の候補者の質が悪すぎたことに加えて、中絶問題が逆風となり、女性票が離反したことにある。

全米ライフル協会(NRA)の大会で講演するトランプ前大統領(2023年4月14日) Bloomberg
全米ライフル協会(NRA)の大会で講演するトランプ前大統領(2023年4月14日) Bloomberg

 連邦最高裁は2022年6月、女性が人工妊娠中絶を選ぶ憲法上の権利を認めた「ロー対ウェイド判決」(1973年)を49年ぶりに覆し、州による中絶の禁止や制限を容認する判決を下した。理由は、憲法に女性の中絶権を規定する条文はないというものであった。

 判決を受け、共和党が支配する南部の州で女性の中絶を実質的に禁止する法案が、相次いで議会で可決された。現在、実質的に女性の中絶を禁止する法律を制定している州は23州に達している。中絶だけでなく、州内での中絶薬の販売を制限する法律も制定する動きも出ている。

 中絶禁止は保守派にとって譲ることができない問題だ。CNNの市民集会でコリンズ氏に「連邦法で中絶を禁止する法律が成立したら署名するのか」と問われたトランプ氏は、「法律の内容を見る必要がある」と明確な回答を避けた。一方で、「ロー対ウェイド判決」を覆した最高裁の判決は保守派にとって「偉大なる勝利」であると主張した。判決を下した最高裁判事は自分が指名したと自慢げに語っている。

 ただ、別の場所でトランプ氏は「中絶を禁止するかどうかは州の問題であり、連邦政府の問題ではない」という発言や、「中絶禁止に対する例外もあると思う」とも発言するなど、保守派から距離を置く姿勢を見せていた。

 だが今回の市民集会では発言が変わった。それは強烈に中絶禁止を主張し、既にフロリダ州で中絶を実質的に禁止する法に署名しているデサンティス知事を意識したものであろう。16年の大統領選挙でトランプの勝利を導いたのはキリスト教保守派のエバンジェリカルの支持を得たからだった。予備選挙では、右傾化を強めるデサンティス知事と宗教票を競い合うことになる。

トランプ氏「歳出削減できなければデフォルトの方がまし」

 その他にも問題はさまざまある。その一つは、債務上限の引き上げ問題だ。現在、アメリカ議会ではこの問題を巡り、民主・共和両党の激しい党派対立が展開されている。共和党は債務上限引き上げを認める代わりに福祉予算などの大幅な削減を求めている。

 だがバイデン政権は譲歩する気はない。もし引き上げが認められないと、政府は資金不足に陥り、年金支給や給与支払いが滞る可能性がある。さらに財務省証券が「債務不履行(デフォルト)」に陥れば、金融市場の混乱を招きかねない。バイデン大統領とマッカーシー下院議長の間で交渉が行われているが、進捗はみられない。

 この問題について、トランプ氏は強硬な姿勢を示しており、「私は共和党議員に対して政府が大幅な歳出削減をしないのなら、デフォルトを起こすべきだと言っている」と語っている。さらに「デフォルトは政府が酔っぱらった船員のようにお金を使っている現状より、はるかにましである」と挑発的な発言をしている。

相次ぐ銃乱射事件では持論を展開

 さらに、銃規制も大きな問題となる。米国では銃乱射事件が増え続け、今年に入って5月までに少なくとも190件の乱射事件が起きている。事件が起きるたびに銃規制の問題が出るが、規制強化が行われたことはない。

 理由は保守派の反対があるためである。銃規制に関する質問に対してトランプ氏は「我が国には大きな精神的な危機が存在している。銃の引き金を引くのは銃ではない。銃の引き金を引くのは(精神を病んだ)人間だ。私たちは、憲法修正第2条(銃の保有を憲法が認めた権利であると規定)を守らなければならない」と、銃乱射事件と銃規制の間には直接的な関係がないと主張している。さらに「自分が大統領に選ばれたら、学校の警備を強化し、教師を武装化する」と、多くの保守派の人たちと同じ答え方をしている。

米メリーランド州で開かれたヘリテージ財団の会合で講演するデサンティス・フロリダ州知事(2023年4月21日) Bloomberg
米メリーランド州で開かれたヘリテージ財団の会合で講演するデサンティス・フロリダ州知事(2023年4月21日) Bloomberg

 また、20年の大統領選挙について、トランプ氏がジョージア州の選挙に介入したとして検察官が調査を行っている問題も重要だ。夏には大陪審がトランプ氏を起訴する可能性が高まっている。これに対してトランプ前大統領は「20年の選挙は不正が行われた」と従来の主張を繰り返し、ジョージア州の選挙介入を否定している。

 コリンズ氏が、ジョージア州司法長官に圧力を掛けた電話の録音が残っていると指摘したことついても、録音があること自体が作為的だと一蹴し、「選挙結果を見た時、あるいは選挙中に行われたことを見れば、バカでない限り、何が起こったかわかるはずだ。選挙で不正が行われた」と答えている。

 他にも、大統領選後に極右勢力が議事堂に乱入した事件の裁判では、既に多くの被告に有罪判決が下されているが、トランプ氏は「彼らは私の演説で扇動されたものではない」と主張し、自らの関与を否定する。だが一方で、「自分が大統領に就任したら彼らに恩赦を与える」とまだ発言している。

 大統領時代の機密文書持ち出し事件でも、大統領特権であると否定し、他の大統領もやっていたことだと強弁を繰り返した。また女性コラムニストのE・ジーン・キャロル氏に対する性的乱暴に関する民事訴訟で罰金の支払いを命じられたことに関しても、「そんな女性は知らない」と完全否定している。

 こうした発言に対して、かつてトランプ氏の盟友であったクリス・クリスティ元ニュージャージー州知事は「トランプの発言は馬鹿げている。いったいトランプのセクハラ事件はいくつあるのか」と批判的な発言を行っている。

デサンティス氏を意識した「ウクライナ戦争」への発言

 さらに、忘れてはならないのがウクライナ戦争だ。大統領選挙ではウクライナ支援が大きな争点になるのは間違いない。

 ウクライナ戦争ついて質問されると、トランプ氏は直接質問に答えず、「みなが死ぬことを止めて欲しい」と曖昧な返答だけをしている。続けて「アメリカは非常に多くの武器を供与し、アメリカ国内にはもう銃弾が残っていない」と語り、批判の矛先をヨーロッパ諸国に向け、「彼らにもっと資金を出すべきだ」と答えている。プーチン大統領に関して「彼は賢明な人間だが、大きな誤りを犯した。もし自分が大統領だったらプーチンはウクライナに侵攻しなかっただろう」と意味のない答え方をしている。

 3月にデサンティス知事が「アメリカのウクライナ支援は国益にとって重要なことではない」とバイデン政権のウクライナ政策を批判した。この発言に対して共和党内部からも厳しい批判が出てきた。その批判を受け、デサンティス知事は主張を取り下げたことがあった。トランプ氏の慎重な発言は、デサンティス知事の失言を意識してのことであろう。

 結局のところ、共和党の大統領予備選挙は「トランプ対デサンティス」になるだろう。トランプ氏の16年の大統領選挙での勝利は“トランプ連合”を形成したことが大きな要因であった。トランプ連合の中心はキリスト教保守派のエバンジェリカルであり、トランプ氏は中絶問題などで彼らの主張を受け入れ、実現してきた。

 デサンティス知事はトランプ連合の切り崩しを狙い、エバンジェリカルの支持を得るために極めて保守的な政策をフロリダ州で実現している。

 かつては保守穏健派を自認していたデサンティス知事は、大統領選挙を控え急速に右傾化している。同知事はまだ立候補表明をしていないが、本格的な予備選挙運動が始まれば、両者の間で保守層の取り込みを目指した激しい戦いが展開されることになるだろう。

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