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「文春砲」新谷編集長で注目!月刊誌『文藝春秋』次の一手=小倉健一

財務省の矢野康治事務次官の寄稿論文が掲載された月刊誌『文藝春秋』11月号
財務省の矢野康治事務次官の寄稿論文が掲載された月刊誌『文藝春秋』11月号

 月刊誌『文藝春秋』11月号が好調な売れ行きを見せている。元週刊文春編集長だった新谷学氏が編集長に就任して3号目。財務省の矢野康治事務次官が寄稿した「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」が話題となっているのだ。

事務次官手記で話題に

 自民党総裁選の真っただ中で校了したと思われる手記は、冒頭から「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない」と財政出動の議論を批判し、「『経済成長だけで財政健全化』できれば、それに越したことはありませんが、それは夢物語であり幻想です」とクギを刺した。次官とはいえ「イチ官僚」が、支えるべき与党政治家、次の総理大臣を批判したのだ。

「あえて現場」のなぜ?

 来年創刊100周年を迎えるにあたって、『週刊文春』を管轄する文春局局長だった新谷学氏が9月号から着任することになった。週刊文春編集長時代に政界を激震させるスクープを連発し、タレントのベッキーの不倫をはじめとする芸能スキャンダルも報道したことで、その手腕は社内外で高く評価されている。他方、プライベートに迫る、その報道手法の是非については議論が巻き起こった。

 新谷氏の文藝春秋編集長就任には、社内では「この人事は、左遷なのか。社長就任にいたるプロセスなのか」との議論も呼んだ。

 左遷と思われた根拠は、文春局の局長として、週刊文春、文春オンラインをはじめ文藝春秋社を代表する多くの媒体を統括する立場にあり、「今、あえて現場に戻されるのはなぜか?」という疑問が起きたためだ。

「新谷氏が経営陣に対し、『文藝春秋も文春局で統括したい』と申し出たことをとがめられて、この人事につながったのではないか」とする文春社員もいる。新谷氏は現場からの圧倒的な信頼感に支えられる一方で、経営幹部には彼を疎ましく思う人もいるのが現状だという。

社長就任に至るプロセスか

 新谷氏は、人事発令を受けて『文藝春秋』編集長就任を周囲に喜んでみせた。「新谷氏にとっても、会社にとっても最高の人事だよ」と、松井清人氏(前文藝春秋社長)は生前、筆者に嬉しそうに話していた。

続く部数・影響力低下

「文藝春秋は、芥川賞受賞作が全文掲載される号(3月号と9月号)とそれ以外で分けて考える必要がある。『芥川賞号』は話題作かどうかによっても違うが、通常号の数倍の売れ行きをみせる。高齢者を多く読者に抱える文藝春秋は、他の雑誌同様に部数の逓減傾向にある」。

 大手広告代理店社員は「はっきりいって、『商品やサービスをマス(多数)にリーチさせる(到達させる)』という意味での広告媒体としての価値は、文藝春秋の通常号にはほとんどなく、『芥川賞号』にしかなくなってきている。このプレゼンスの低下は文藝春秋だけでなく、ほとんどすべての週刊誌にも言えることだ。高級誌、経済誌、ターゲットが明確で特徴的なメディアなどを除き、紙の雑誌はお付き合い程度で済まそうとする会社は多い」という。

菅氏登場号も部数イマイチ

 新谷氏の手掛けた文藝春秋は、「財務次官手記」掲載号で3号目となるが、決して前2号の売れ行きはいいものとは言えなかった。

 1号目は、「芥川賞号」であったが、お笑い芸人の又吉直樹氏が受賞したときのような大きな話題にはならなかった。「ここ数年で一番悪いわけではないが、売れない部類に入る」(前述の書店員)という。

 2号目は、大きくすべった。自民党総裁選への出馬を断念した菅義偉前首相の手記を掲載し、総裁選への出馬を前提に「解散は、自分の手でやってみたいとはずっと思っています」と宣言する中身だったが、発売日前に菅前首相は総裁選出馬を断念することになってしまった。この手記を政治ジャーナリストの一人は「菅氏は出馬しないつもりできたのではないかと感じていたが、実は手記の校了時期には出馬の意思があったとわかる。ちょっと間の抜けた感じの号にはなったが、歴史的な価値はある手記だ」と指摘する。

「コロナ猛威」と題する特集も大きく展開していたが、「新型コロナウイルスで雑誌が売れるのは、コロナの新規感染者数が増えている時のみ」(男性向け週刊誌編集長)という傾向がある。新規感染者数が落ち着いてきた時と重なる「不運」もあった。

 とはいえ、3号目で「話題作」をつかんだ新谷氏。ビジネスリーダーとしての特徴も見える。

ページ減など改革に注目

 アマゾンでは「Kindle」版の購入が9月号からできるようになっている。Kindleのフォーマットにする時に多少のコストがかかるため、高齢者ばかりが読者対象だった『文藝春秋』は採算が合わなかったのかもしれない。現役世代にも届く内容にしていく新谷氏の決意と言えよう。新谷氏は、これから私たち読者に何をつきつけてくれるのか、楽しみだ。

(小倉健一・ITOMOS研究所所長)

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