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元五輪ハンドボール日本代表の「レミたん」がTikTokに“変顔”を投稿し続けるワケ

土井レミイ杏利選手
土井レミイ杏利選手

東京五輪・男子ハンドボール日本代表のキャプテンを務めた土井レミイ杏利選手は、人気動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」で400万人のフォロワーを持つ「レミたん」としても知られる。日本代表を引退し、所属するクラブチーム「ジークスター東京」の日本一が次の目標という 今も投稿を続ける土井選手が目指すのは、「日常にハンドボールがある社会」だ。

「軽い気持ち」で始めた動画投稿で人生が一転

「最初は、『友人を笑わせようかな』くらいにしか思っていなかったんです」。2018年9月に「軽い気持ち」で始めたTikTokは、土井選手の人生を一転させた。

コミカルな表現でファンの心をつかむレミたん TikTokより
コミカルな表現でファンの心をつかむレミたん TikTokより

 2019年5月に男子ハンドボール日本代表のキャプテンに就任。その後も素性を明かさずに、人気キャラクターの顔真似や、変顔、コミカルな動作を撮影した動画を投稿。ハンドボールファンはもちろん、ハンドボールを知らない層からも、絶大な支持を集めてきた。

 五輪出場で、更に人気者になった土井選手。代表引退後もその人気は衰えず、週5日の練習の合間を縫って、テレビ番組に出演したり、イベントに登壇したり。ブルーノ・マーズとアンダーソン・パークによる音楽ユニット「シルク・ソニック」の日本版MVで「一人三役」の出演を果たすなど、多忙な日々を過ごしている。

 そしてもちろん、今もTikTokへの投稿を欠かさない。

「さまざまなSNSがありますが、影響力が全然違いますね。おかげさまで多くの人に僕の活動を知っていただくことができた。これからもSNSをきっかけにハンドボールのことを知ってもらい、競技の発展に良い影響を与えられたらと思っています」

キャプテンとして感じた「国を背負う重み」

 フランス人の父親と日本人の母親のもと、フランス・パリで生まれる。3歳から千葉県成田市で育ち、ハンドボールの強豪・浦和学院、日本体育大学でプレーする。軟骨の破損による両膝の不調により、「一時は引退も考えた」が、フランス留学中に奇跡的に治癒。2013年にフランスリーグのシャンベリとのプロ契約締結に至る。2016年に日本代表に選出され、2017年からの2シーズンを仏シャルトル・メトロポール・HB28で過ごした後、2019年に帰国。2021年、念願の五輪出場を果たした。

「恩がある日本のために戦いたかった」という土井選手は、「さまざまな人の意見を取り入れる難しさ」を感じつつも、持ち前のリーダーシップで、8大会ぶりの五輪に挑む代表チームを見事にまとめ上げた。

土井レミイ杏利選手
土井レミイ杏利選手

「ときには怖さのあまり、試合前に震えてしまうようなこともありました。でも、弱気は伝染してしまうので、メンバーの前ではどんな時も“強い自分”でなければいけない。怖さを感じてしまう状況に対峙しても、“強い自分自身”のままでいられたのは、チームのみんなが一つになって、戦えていたからだと思います」

 東京五輪は、「これまでの世界大会とは全く異なる特別な場所だった」という。1次リーグ最終戦でポルトガルに勝利(31対30)し、日本代表としての33年ぶりの白星を手にしたものの、惜しくも決勝トーナメント進出には届かず、11位(1勝4敗)に終わった。

「コロナ禍の影響で、直前まで大会中止の可能性もささやかれる中、五輪の舞台に立たせてもらうことができた。さまざまな方の努力のおかげで夢を叶えられたこと、残念ながら無観客での開催になってしまったものの、SNSを通じて多くの人に応援してもらえたことは、本当に幸せな経験でした。僕にとっての東京五輪は、試合に勝てた嬉しさと、わずか2得点足りずに決勝トーナメント進出を逃した悔しさの入り混じった大会になりました。今回は開催国枠での出場でしたが、もっとチームが実力をつけて、アジア選手権や五輪の出場常連国になれるように、後輩たちには頑張ってほしいです」

「ハンドボールが身近にある社会を目指したい」

 東京五輪を終えた昨年8月、「セカンドキャリアを見据えた時間を作りたかった」という理由で日本代表を引退した。日本ハンドボールリーグの大崎電気を経て、今シーズンからキャリア4チーム目となるジークスター東京で日本代表キャプテンという経験を活かして若いチームを牽引している。

 土井選手が目指すのは、チームの日本一と「みんなの日常生活のなかにハンドボールがある社会」だ。TikTokerの「レミたん」としての活動も、「ハンドボールのことを知ってほしい」という強い想いがあってこそだ。

土井レミイ杏利選手
土井レミイ杏利選手

「コロナ禍の無観客試合が続いた時期にTikTokで知名度を高められたこともあって、最近では『目の前で、ハンドボールを観戦したい』と言ってもらえることも増えてきた。ぜひ多くの人に会場に足を運んでもらって、ハンドボールの激しさ、スピード、シュート、バリエーションなどを肌で体感してもらえたら嬉しいです」

 ジークスター東京は、2019年にリーグへの新規参入を決め、2年目のシーズンを戦う。現在、3位(2022年1月時点)。9月には、フランス代表の一員として五輪4大会連続出場を果たし、東京五輪を含め3つの金メダルを手にしているリュック・アバロ選手が加入。積極的な補強を進めながら、白星を積み重ねている。

 土井選手は言う。

「チームを一から築き上げていく過程を楽しめている。居心地も良いですし、目標に向けた手応えも感じています。(移籍は)正しい選択だったと思っています」

「とはいえ、チームの実力はまだまだ。結果はついていますけど、どの試合もギリギリで勝てているだけで、まだ脆さも感じる。これからもっと結束力を高めながら、笑える日が来ることを信じてプレーしています」

 目指すのは、一つ一つの試合のチームの勝利と、それを積み重ねた先にあるジークスター東京の日本一だ。

「僕個人の活躍は、あくまでもチームを勝たせるための手段でしかない。若い頃には、『自分をアピールしたい』という想いでプレーしていたこともありましたが、(ハンドボール強豪国の)フランスでプレーした経験が、僕の意識を大きく変えました。世界のトップレベルで活躍する選手たちから学んだ『選手としてのあり方』や、アイデンティティ。それらが僕のプレーヤーとしての根幹にあります」

「ジークスター東京は、まだまだ参入2年目の若いチームですが、勝ちたい気持ちを強く持ってチームを牽引し、日本一に向けて全力で戦っていきたいと思います」

 一プレーヤーとして、TikTokerとして、「みんなが当たり前のようにハンドボールチームを応援している社会」の実現を目指す土井レミイ杏利選手。その活躍から目が離せない。

文・写真 白鳥純一

土井レミイ杏利選手

フランス・パリ生まれ、千葉県成田市、印旛郡富里町育ちのハンドボール選手。「レミたん」名義で、TikTokでの動画配信も行っている。フランスリーグの名門、シャンベリなどで活躍後、2019年に帰国。日本ハンドボールリーグの大崎電気を経て、2021年5月からはジークスター東京に所属している。2019年より日本代表の主将を務め、東京五輪終了後の2021年8月に日本代表引退を発表。

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