経済・企業

欧米EVの販売不振は日の丸EVの勝機 野辺継男

 今、多くのメディアで、「電気自動車(EV)の販売が世界的に大失速」という解説や論調が増えている。そして、その裏返しとして「ハイブリッド車(HV)を脱炭素戦略の主軸に据える日本メーカーの判断は正しかった」というような「日本車称賛論」がSNS上にあふれている。

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 確かに、米EV大手のテスラの利益率が落ち、時価総額が大きく減り、米フォード・モーターのEVへの投資延期や米アップルのEV開発中止が報じられるなど、EVに関するネガティブなニュースが増えている。一方、HVを主力とするトヨタ自動車は利益、時価総額とも過去最高を更新しており、そうしたメディアやSNSの主張は一見、正しいように見える。

 しかし、EV関連の情報を発信するウェブメディア「INSIDE EVs」によると、バッテリーEV(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHV)を足したEV市場は、2023年に前年比35%増の1369万台。内訳はBEVが同30%増の949万台、PHVが同47%増の420万台で、双方を合わせたシェアは自動車の世界販売の16%を占め、過去最高を更新。前年比45%増だった22年のEV市場の伸び率からは下がったとはいえ、引き続き大きく伸びていることには変わりない。更に24年1月は前年同月比63%増となっている。

フォード・GMの苦戦

 ではなぜ、「EV大失速」といわれるのか。それは、「伝統的な自動車メーカーが販売するEVが計画通りには売れていない」ことを反映しているのではないだろうか。

 例えば、フォード。EVとしてSUV(スポーツタイプ多目的車)の「マスタング・マッハE」、ピックアップトラックの「F150ライトニング」を米国で販売しているが、23年の販売台数はそれぞれ4万771台、2万4165台で、年頭の販売計画の半分しか売れていない。今年2月に持ち直したものの、1月の米EV販売台数は前年比11%減の4674台と、23年4月以来の低水準となり、「EVは売れない」という市場認識を更に強めた。フォードは当初、26年までに年間200万台のEVを生産する計画を打ち出しており、市場の期待を大きく高めていたことからすると、残念な状況といえる。

米ゼネラル・モーターズ(GM)など伝統的な自動車メーカーは苦戦が続く(販売が低迷するGMの「キャデラック・リリック」、Bloomberg)
米ゼネラル・モーターズ(GM)など伝統的な自動車メーカーは苦戦が続く(販売が低迷するGMの「キャデラック・リリック」、Bloomberg)

 米ゼネラル・モーターズ(GM)は更に厳しい。22年2月、23年末までに米国で40万台のEVを販売すると述べ、その8カ月後には達成を24年に延期した。しかし、23年に売れたEVは約7万6000台で、その内8割以上は23年末に生産を終了したシボレー・ボルトであり、今年以降の社運が懸かる新バッテリー「アルティウム」を搭載した「キャデラック・リリック」などのEVはわずか1万3838台だった。

 伝統的な自動車メーカーの中でもEV化の急先鋒(きゅうせんぽう)といえる独フォルクスワーゲン(VW)でも、23年の米国販売台数は計画の半分だ。これが多くの伝統的メーカーが直面している実情である。

「顧客体験」がEVの決め手になる(独フォルクスワーゲン「ID.7」の運転席、Bloomberg)
「顧客体験」がEVの決め手になる(独フォルクスワーゲン「ID.7」の運転席、Bloomberg)

 なぜ、売れないのか。それは、SDV(ソフトウエア・ディファインド・ビークル)に象徴されるEVならではの「顧客体験」を、既存メーカーが提供できていないためではないだろうか。本来、SDV化とOTA(Over the Air:インターネット経由でソフトウエア書き替え)によるアップデートで、顧客がEVを購入する際に最も重視する航続距離、充電時間、価格等が継続的に改善可能となる。

 SDVの先駆者といえるテスラでは、既に買った自分の車がソフトウエア・アップデートにより、今売っている新車と常に同じ機能を持ち、今日スマートフォンで日常的に経験するような全く新しい「顧客体験」を提供している。OTA機能自体もソフトウエアで実現されるもので、その準備ができなかったことがVWの最初の本格的EVであるID.3の出荷開始が大幅に遅れた理由の一つだった。

 また、EVはエンジン車とエネルギー管理が大きく異なる。エンジン車では燃焼によって得たエネルギーを、走るため以外にも熱や音などで大量に放出し、そうしたエネルギーは戻せない。一方、EVでは回生ブレーキを用い、走行しているEVの位置・運動エネルギーを電気エネルギーに戻すことで減速、停止する。その際に、勾配や下り坂などの道路情報や気象情報(気温・湿度・風向等)、渋滞情報、バッテリーの経年変化などを考慮するが、そうしたデータは大量のクルマからクラウドに収集し、深層学習し、ソフトウエアでエネルギー管理を行う。これが航続距離のより正確な予測や、航続距離の延長といった「顧客体験」の向上につながる。

 充電も、エンジン車の給油とは大きく異なる。上記と同様なデータ分析に基づき、ナビゲーション機能と連携し、高速走行で上昇したバッテリー温度や、寒冷地での走り出しの極低温のバッテリー温度を、充電場所に到着するまでに適温範囲に制御し、より円滑に急速充電を行う。その際、EV内で高低の熱を交換する「ヒートポンプ」が欠かせない。これもソフトウエアによるエネルギー管理の一環であり、よりよい「顧客体験」につながる。

3万ドル以下が主戦場に

 一方、現在のEVで緊急に解決すべき課題は価格である。米国エネルギー情報局によると23年4~6月期時点で高級車におけるBEVの割合は32%なのに対して、非高級車ではわずか1%。背景として、23年に新車モデル数でHVの高級車は30%以下なのに対して、BEVの70%以上が高級車であることが挙げられる。

 この点から、EV市場を更に拡大するために3万ドル以下の普及価格帯のEVが求められており、世界の自動車各社がその開発にしのぎを削っている。ここは、熾烈(しれつ)な価格競争が行われる「レッドオーシャン(競争の激しい市場)」となる可能性があるが、現実的にこの市場で十分なシェアを取れるか否かで企業の存亡が決まる。ソフトウエア化や電動化が進むと、量産効果によるコスト低減効果は大きく、IT製品のように寡占化が進む。結果的に、EV市場でも十分に利益が出せるのは、高級車ブランド以外は、地域ごとに多くても3社程度に絞られる可能性がある。

 そんな中で、テスラは25年に「モデル1.5」(名称未定)と位置付けられる2万5000ドルの価格帯のBEVを発売すると伝えられている。クラウド連携により、半導体とソフトウエアのコストパフォーマンスは毎年2倍になっている昨今、これまでのデータ蓄積もあるテスラは、この価格でも更に優れたSDV効果を提供し得る可能性がある。しかし、それが市場に受け入れられなければ、テスラですらこのレッドオーシャンを勝ち抜くことは厳しくなり、その後の同社の明暗を決定づけることにもなり得る。一方で、他社にとってはテスラを超えられなければこのこの競争に勝てない。

 EVのもう一つの巨頭である中国BYDですら安泰とはいえない。テスラと同様、10年以上のEV経験値はあるが、自動運転機能や運転支援、インフォテインメント(情報と娯楽が一体となったシステム・サービス)では、テスラや中国のライバルから遅れているとの評価がある。中国では、広汽AIONや、吉利汽車(ジーリー)傘下で機能満載のセダン「007」を発売開始したZEEKR、ファーウェイの車載半導体とソフトを搭載する賽力斯(セレス)のAITOなどが追い上げている。BYDも実情を認識し、今年1月「統合車両インテリジェンス戦略」とAIを搭載した「XUANJIアーキテクチャー」を発表し、電動化とインテリジェンスの融合における研究開発スタッフの強化を発表した。IT分野で後れを取れば、BYDですら同国企業に負ける可能性がある。

日本メーカーの活路

 むしろ、こうした厳しい状況が、EVで日本メーカーにチャンスを生む。日本の自動車市場は世界第4位の規模でありながらEVの空白地帯で、外国メーカーのシェアも低く、ブルーオーシャン(競争のない未開拓市場)に近い。ここで日本勢が26~27年の間に最低50万台程度のEVを出荷し、その台数の上でSDV化を進め、データ収集・分析・アップデート技術を高め、航続距離の拡大、充電速度の高速化、運転支援機能向上などソフトウエア開発能力を高め、国際競争力のあるEVで世界に打って出る手順を踏むことが妥当であり、必須と思われる。

 特にEVの製造や販売には地政学的な影響が大きく、世界どの地域にも売れるEV企業はテスラ以外には限られている。一方、引き続き日本車の品質に対する世界の消費者の期待は大きく、日系自動車メーカーは世界中にセールス・メンテナンス網を持っている。海外の既存メーカーが足踏みをしている今後3年程度で、国際競争力のあるEVを開発・製造すれば、そこに流し込める。これは非常に大きな競争優位性であり、むしろEVでも世界をリードする千載一遇の事業チャンスが訪れているといえるのではないだろうか。

 更に、HVもEVとして走行をする際には、回生エネルギーに関する上記の技術視点が当てはまり、日系メーカーに大きく利する。トヨタを筆頭に日系のHVシステムは極めて優れており、海外の伝統的自動車会社がEVとHVも含む「電動化」で苦戦する中、日系のHV戦略は引き続き奏功しており、その上で上記のようなEV戦略も並行して推し進めることで、更に国際競争力を高め得る状況にある。その意味で「トヨタの判断は正しかった」ともいえるのではないだろうか。

(野辺継男〈のべ・つぐお〉名古屋大学客員教授)


週刊エコノミスト2024年4月9日号掲載

EV失速 EV販売は企業ごとに明暗 利益を出せるのは3社程度=野辺継男

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