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週刊エコノミスト Online ワイドインタビュー問答有用

スパコンの栄光と挫折 井上愛一郎・元「京」開発責任者/781

「京は日本のものづくりの洗練の極みだと思う」 撮影=浜田 健太郎
「京は日本のものづくりの洗練の極みだと思う」 撮影=浜田 健太郎

 スーパーコンピューター「京」世界一を主導した天才肌のエンジニア。だが目標達成が見えてきたその時、部下100人を奪われ富士通で居場所を失った。不遇を乗り越えた今、高校生へのIT教育に情熱を注いでいる。

(聞き手=浜田健太郎・編集部)

「計算力を分散させた発想は時代を先取り」

「日本でなぜ技術革新が阻害されてしまうのか、身をもって経験した」

── 国立研究開発法人理化学研究所と富士通が共同開発したスーパーコンピューター「京」が昨年8月、電源を遮断して、2012年9月の本格稼働から7年間で運用を終えました。井上さんは富士通側の責任者でしたが、どんな心境でしたか。

井上 一つの時代が終わったなという思いでした。京は、単体としてのコンピューターの性能向上を求められる時代の最後に登場したスパコンだったからです。その後、スマートフォンなど世界中に遍在するコンピューターがネットワーク上で有機的につながり、大量のデータを処理することで能力を飛躍的に高める時代に移りました。いま振り返ると、京はコンピューターの歴史の節目に登場したマシンだったわけです。

神戸市の理研計算科学研究機構(現理研計算科学研究センター)に設置された「京」(毎日新聞)
神戸市の理研計算科学研究機構(現理研計算科学研究センター)に設置された「京」(毎日新聞)

── 京は11年、計算速度で世界一となったほか、昨年6月にはビッグデータ処理(大規模グラフ解析)に関するスパコンの国際的な性能ランキング「Graph(グラフ)500」で9期連続の世界一となるなど、さまざまな指標で高く評価されています。

井上 京はゲリラ豪雨の予測、創薬などさまざまな用途に活用されましたが、それまでのコンピューターの設計思想を踏襲しながら、同時にビッグデータ処理に適した現時点でも最先端の設計思想の原型を取り入れています。それが、特定の計算を細分化して同時に進めていく「並列処理」を一気に拡張した「超並列」という考え方です。

── AI(人工知能)の深層学習でも採用されている方法ですね。

井上 そうなんです。計算力を一点に集中させるのではなく分散させる方向にかじを切った当時の発想は、AIの力を解き放った現代のコンピューターの設計思想とつながっています。私は京の開発当時、ビッグデータを扱うことが価値を生む時代になるだろうと考えていました。それが何であるのか、当時は分かりませんでしたが、今振り返るとそれはAIでした。

「事業仕分け」の対象に

── どのようにして超並列を実現したのですか。

井上 京の開発が始まった00年代後半当時、その1世代前のCPU(中央演算処理装置)の周波数は3ギガヘルツまでで設計していたのを、京では2ギガヘルツに落としました。その代わりに、CPUを約8万3000個並べ、ソフトウエアによって効率的にシステム全体を制御する仕組みを構築することにしたんです。09年に富士通が納入したスパコンはCPU3000個の並列処理だったので、京はその30倍近い規模ですね。

── それでも、周波数を落とせばCPU自体の処理速度も落ちてしまいます。なぜ周波数を落とす選択をしたのでしょうか。

井上 消費電力をいかに抑えるかという課題があったからです。CPUの周波数を2倍にすると消費電力は1ケタ大きくなってしまい、消費電力を野放図に上げることはできないと考えました。京の消費電力は一般家庭3万世帯分に相当する規模でしたが、11年6月にはスパコンの消費電力量当たりの計算速度のランキング「Green(グリーン)500」で世界6位にランクするなど、省電力でも優秀な成績を残しています。

 京は私の力だけで作り上げたわけではなく、製造現場を含めて関わった部署全体の努力の結晶にほかなりません。回路基板のどこを取り出してもきれいで、その機能美は日本のものづくりを象徴していたと思います。

 京の開発は、「行政のムダの撲滅」を掲げて自民党から政権交代した旧民主党政権時代と重なる。世界一の計算速度を目指していたが、莫大(ばくだい)な国費を投じることに対し、同政権が主導した「事業仕分け」で蓮舫参院議員が「2位じゃだめなんでしょうか」と指摘。この発言が大きな注目を集め、技術者など国際競争力を失うことを危惧する専門家も巻き込んで、大きな議論へと発展した。

── 京の開発は総額1100億円もの巨額のプロジェクトで、国と富士通が折半して負担していました。事業として成り立ってはいたんですか。

井上 私が統括していた「次世代テクニカルコンピューティング開発本部」では、年間100億円くらいの赤字を出していました。社内の上層部は「金食い虫」だったスパコンに誰も手を出そうとはしません。それを当時、富士通社長だった野副州旦さんから、「年間100億円の赤字だったら構わない」とゴーサインをもらい、社長プロジェクトとしてスタートしました。

突然の社長“失脚”

── スパコンを「金のなる木」にする考えは?

井上 京に搭載したCPUを、通常のビジネス向けサーバーにも展開しようと考えていました。合理的な価格で売り出せば、米インテルにも対抗できるだろうと算段していたのです。09年9月には米オラクル創業者のラリー・エリソン氏とカリフォルニア州シリコンバレーの本社で会い、同社のデータベース用サーバーにこのCPUを搭載しようと提案しました。ビジネスソフトで世界有数の企業であるオラクルと組めば、富士通のサーバー事業も大きく伸ばせると考えたのです。エリソン氏から搭載に前向きな発言も得ていました。

── しかし、結果的にもくろみはついえてしまいます。

井上 既存のビジネス向けサーバー事業が侵食されることを懸念した社内の幹部に露骨に妨害されたんです。「井上が勝手なことをやっている」と、私を完全に敵とみなして打ち落としに来ました。日本企業でイノベーションがいかに阻害されるかを私は身をもって経験しました。

 京の開発が進行する中、富士通に激震が走った。同社は09年9月、ハードディスク事業の売却など構造改革を積極的に進めていた野副氏が「健康上の理由で社長を辞任」と発表。ところが、10年春に野副氏が「虚偽の理由で解任された」と富士通を提訴したのだ。富士通側は社長辞任の理由が虚偽だったと認める一方で、付き合いのあった人物が代表を務めるファンドに「反社会的勢力と関係している疑いがある」ことを理由とした。 判決では、反社会的勢力との関わりについて積極的な認定は回避したものの、富士通側の「社長辞任を求めたことには相応の根拠があった」として、野副氏は法廷闘争に敗れた。そして、野副さんの“失脚”はスパコン開発にまい進していた井上さんの仕事にも大きな影を落とす。

── 富士通側が「反社会的勢力と関係している疑いがある」としたファンドの代表者に、私は取材を通じて10回以上会っていますが、事実無根だったと確信しています。

井上 野副氏の一件は、いくら経営者であっても抜本的な経営課題に手を付けようとすると、首が飛ぶというイメージができたように思います。この件で、日本の大企業の多くの経営者の判断が、一気に保守的になってしまいました。富士通のような日本を代表する企業で、時代のまさに変革期にあの事件が起き、大きな損失となったことは間違いありません。

「ポスト京」から外れる

── 井上さんの仕事への影響は?

井上 東日本大震災が発生した11年3月には、京は計算速度で世界一を取ることが間違いないスコアを得ていました。ところが、5月になって約100人いたCPUの開発部隊の部下をすべて取り上げられました。突然に呼び出されて、「君が考えていることは会社の方針と反する」と言われたのです。野副さんが辞任を迫られた時と同様、密室の出来事で反論しても無駄でした。

世界一を達成して記者会見に臨んだ井上さん。和やかに質疑に応じていたが、社内では「手足をもがれた状態だった」 2011年6月(井上氏提供)
世界一を達成して記者会見に臨んだ井上さん。和やかに質疑に応じていたが、社内では「手足をもがれた状態だった」 2011年6月(井上氏提供)

── その年の6月には京が計算速度で世界一になり、ノーベル化学賞を受賞した理研の野依良治理事長(当時)と一緒に記者会見に出席していましたね。晴れやかな表情に見えましたが。

井上 そのころの私は手足をもがれた状態でしたね。富士通に残っていてもコンピューター開発のかじ取りはできないので、野副さんの勧めもあって、13年に理研に移りました。そこで「ポスト京」(京の後継コンピューター)の開発を担うことができればと考えたのです。ところが、富士通から理研への働きかけもあったようで、ポスト京のプロジェクトから外されてしまいました。

── 理研と富士通は現在、京の後継機として「富岳」を共同開発しています。

井上 富岳は、1カ所にコンピューターの能力を集中させてシミュレーション計算に用いる設計になっていますが、私に言わせれば京の設計思想を踏襲したに過ぎません。「AI計算用にも使う」としていますが、それであれば小型のサーバーに分散させるような手法のほうが合理的だと思います。非常に中途半端な設計ではないかと危惧しています。

世界に通用する人材を

── 現在は中学校や高校を運営する大阪市の清風学園で常勤顧問に就任しています。

井上 還暦を迎えて若い人たちに未来を託せる仕事に就きたいと思っていたところ、縁があって17年から清風学園の顧問になりました。高校1年生を対象に正規の教科として「情報」の授業を担当し、線形代数の基礎から人間の脳の仕組みをまねた「ニューラルネットワーク」と呼ばれる数理モデルまで、幅広くコンピューターの構造を教えています。

── 世界一のコンピューターを作った先生から教えてもらえる生徒たちは幸せですね。

井上 私はコンピューターのハードウエアの専門家でプログラミングは専門外です。ただ、18年秋にある生徒からプログラミングの質問を受けたことをきっかけに、自分でも勉強を始めました。AI技術を飛躍的に進歩させた「深層学習」についても猛勉強して、今ではAIで最も使われるプログラミング言語「Python(パイソン)」を使い、電気回路のシミュレーションのプログラミングも教えています。

── 学校でのIT教育は試行錯誤ではないですか。

井上 授業用にプログラミングを行うためのひな型であるフレームワークを私が作りました。外部のものではなく自前のひな型なので、中身はブラックボックスではありません。プラグラムを書く際に「なぜこうなるのか」が理解できるようにしています。高校生の段階からコンピューターがなぜ動くのかを基礎から教えれば、その論理を支えている数学にも好奇心を持って真剣に勉強するようになると思うのです。

── これからの夢や若い人たちへのメッセージは。

井上 米グーグルを創業したラリー・ペイジ氏やセルゲイ・ブリン氏、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏といった、世界に通用する人材を輩出したいですね。世界を変えるようなイノベーションは、意図して起こせるものではなく、まずは基礎をきっちりと修める必要があります。若い人にはチャンスがあるのですから、生徒たちには「誰にでもできるような学習や仕事の継続から、独創的なアイデアが見えてくることがある」と伝えています。

 そして、日本企業の経営者には、変革期にチャレンジする若者をつぶすようなことは絶対にしてもらいたくありません。


 ●プロフィール●

いのうえ・あいいちろう

 1957年佐賀県出身。80年東京大学工学部舶用機械工学科卒。富士フイルムを経て83年富士通入社。2008年に同社次世代テクニカルコンピューティング開発本部長に就任、同社と理化学研究所(理研)が共同開発した「京」の開発を指揮。13年理化学研究所計算科学研究機構(現・理化学研究所計算科学研究センター)統括役。17年から学校法人清風学園常勤顧問。13年紫綬褒章を受章。

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