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国際・政治 上がる金&揺らぐドル

ASEANが現地通貨決済を加速させる事情 対木さおり

ASEAN議長国インドネシアのジョコ・ウィドド大統領。「より強く自立」した経済を目指している Bloomberg
ASEAN議長国インドネシアのジョコ・ウィドド大統領。「より強く自立」した経済を目指している Bloomberg

 ロシアへの金融制裁と欧米主要国の利上げによる資金流出圧力に直面し、ASEANはより強く自立した経済を目指している。

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 東南アジア諸国連合(ASEAN)では現地通貨決済の拡大への取り組みが加速している。5月上旬に開催されたASEAN首脳会議では、域内取引における現地通貨による決済取引拡大を目指すことが確認された。具体的には、同会議において、域内取引の場面でASEAN加盟国は自国通貨をより頻繁に使用すべきであると宣言。域内経済を米ドルなど主要通貨の変動から隔離することを目指すとされている。

 実は、この方針自体は従前からの取り組みに裏付けられたものだ。ASEANの共同体の一つであるASEAN経済共同体(AEC)は2017年以降、経済・金融統合に向けた取り組みの一環として、現地通貨決済枠組み(Local Currency Settlement Framework:LCSF)を推進する中期的な取り組みを進めている。

 この取り組みの最終的な目的は、貿易、サービス取引、さらには投資の場面で現地通貨の利用を拡大し、米ドルなど主要通貨の変動に伴う為替リスクを軽減することとされる。これまでにASEANはLCSFに関するガイドラインを策定済みだ。

 今回の宣言では、「シームレスで安全なクロスボーダー決済を促進するために、技術革新がもたらす新たな機会を活用し、域内の決済連結を促進することへのコミット」を行い、「ASEAN現地通貨取引枠組みの開発を検討するタスクフォース設立を支持」する点に言及されている。

 また、ASEAN加盟10カ国のうち5カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ)の中央銀行が22年に締結した域内でのクロスボーダー決済連結性(RPC)協力に関する覚書、加えて個別のASEAN加盟国間で2国間LCSFの実施など、地域の決済連結と現地通貨使用促進の協力の進展を歓迎。ASEAN全体としての取り組み強化に前向きな姿勢を打ち出している。

ロシアの旅行客が急増

 これらの動きは、総論として、域内の経済発展の中で、投資や貿易面で相互の関係性を強めているASEAN各国にとって重要な課題であることは異論がなかろう。より掘り下げると、第一にQRコード決済など技術面での取り組み加速、第二に、マクロ経済や域内経済を安定させるため、クロスボーダー取引で現地通貨を活用することの二つの重要性が再認識されている側面も関係している。

 第一の技術面での取り組み加速としては、タイを中心にASEAN主要国では現地通貨決済におけるデジタル技術の活用が、すでに実務面での実装から普及段階となっている。実際に、タイ中央銀行、マレーシア中央銀行、インドネシア中央銀行は相互に、国境を越えたQRコードベースの支払いリンクを開始済みで、この3カ国では、QRコードによる即時決済が可能な状況だ。

 第二に、昨年春のウクライナ侵攻に伴うロシアへの金融制裁と、欧米主要国の急ピッチの利上げで通貨安に直面した新興国にとって、以前にも増して決済の多様性は重要度が高まっている。22年後半に、ASEAN各国が欧米の利上げにより資金流出圧力にさらされた結果、外貨準備を取り崩す国も少なくなく、投資や貿易の面で米ドルを決済通貨とすることのリスクが改めて確認される事態となった。

 また、ウクライナ侵攻後のロシア制裁との関係では、ロシアに対する欧米諸国の制裁とは一線を画する新興国にとって、現状の米ドル依存の決済制度自体をより多元的で柔軟なものにするための現地通貨決済の拡大は喫緊の課題となっている。

 LCSFは先述の通り、主なターゲットはアジア域内での現地通貨決済を加速する取り組みだ。他方で、例えばタイのQRコード決済システムは中国系のクレジットカードも利用可能なため、金融制裁を受けて米国系のクレジットカードの利用が制限されているロシアからの旅行者でも物理的には利用可能となっている。

 図1の通り、ロシアとの関係では、タイとインドネシアの主要観光地域において、ロシアからの旅行客が欧米からを上回るペースで急増している。しかし、ロシアとの取引であれば、米ドル依存型のクロスボーダー決済には制裁リスクが常に伴っている。例えば、昨年3月に課されたロシア向けの金融制裁の影響で、米国系カード会社がロシアでの決済事業を停止したこともあり、ロシア観光客が支払い手段を停止されてしまうなどの報道が当時は多くみられた。

 今後、クロスボーダー決済がさらなる制裁を受ける場合は、新型コロナウイルス禍でダメージを受けた現地観光業の回復に水を差す事態となってしまうことからも、米ドル以外のクロスボーダー決済手段の確保は重要度を増している側面もある。

「より強く自立」目指す

 さらに、クロスボーダー現地通貨決済の仕組み構築は多層的な側面があり、実は国際機関のみならず、日本政府も積極的に関与している。アジアのサプライチェーン高度化に伴い、日系企業でもASEANでの現地調達や現地販売の増加が趨勢(すうせい)的に進んでおり、米ドルよりも現地通貨を利用する方が手数料などの面で有利となるケースも増加している。

 しかし、図2の通り、現状は日本がアジア各国と貿易する際は、依然として米ドルと日本円が主要な決済通貨であり、4%程度が中国人民元、1%程度がタイ・バーツでの決済が見られる程度で、貿易面での現地通貨決済はまだ道半ばの状況である。

 米ドル決済以外の選択肢をASEAN域内で拡大することは、決済取引に関与するユーザーにより多くの選択肢を提供し、取引効率の向上、デジタル経済と金融インクルージョン(誰もが金融サービスにアクセスできる環境)の促進、マクロ経済の安定性の強化に重要な役割を果たす。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領が言及する通り、これらの現地通貨決済促進について「ASEANがより強く、自立できるようにするため」と言及しており、着実な取り組みが期待できる分野であることは間違いないだろう。

(対木さおり・みずほリサーチ&テクノロジーズ主席エコノミスト)


週刊エコノミスト2023年6月6日号掲載

金&ドル ASEAN 現地通貨決済の拡大へ加速 米ドル依存のリスク低減=対木さおり

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