経済・企業書評

NFT付きも同時発売のハヤカワ新書創刊 電子書籍の概念変えるか 永江朗

 早川書房がハヤカワ新書を創刊した。6月20日に発売された創刊ラインアップ全5点には、翻訳家の越前敏弥による『名作ミステリで学ぶ英文読解』やノンフィクション作家石井光太の『教育虐待』など、科学やフィクションも含めた幅広いジャンルが並ぶ。6・7・8月と3カ月連続で刊行し、以降は隔月で刊行予定。

 書店の棚を眺めると新書はすでに飽和状態のようにも感じるが、それでも新規参入があるのは、単行本に比べて陳列される期間が長く、ロングセラーも多いからだろう。最近も『裁判官の爆笑お言葉集』(長嶺超輝著、幻冬舎新書、792円)が、初版刊行から16年も経過しているにもかかわらずベストセラーリスト入りして話題になった。

 ハヤカワ新書の最大の特徴は、紙版と電子書籍版のほかにNFT電子書籍付きの紙版を同時に発売したこと。価格は通常の紙版よりも税込みで440円高い。

 NFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)はブロックチェーン上で発行・取引される。従来の電子書籍と違って、譲渡したり売買したりできる。ハヤカワ新書は大手電子書籍流通会社メディアドゥによるNFTサービス「FanTop(ファントップ)」を採用している。NFT電子書籍付き版を購入した読者は、FanTopのマーケットプレイスで譲渡や売買ができる。

 また、紙の本は古書が売買されても著作権者や出版社への利益分配はないが、同サービスでは読者間で売買が行われるたびに権利者への印税分配を行うという。紙とデジタルの“いいとこ取り”以上の可能性を感じさせる試みである。古書や電子書籍の概念を変えるかもしれない。

 しかし、それだけに筆者は、この試みの第1弾が新書という形態でよかったのかという疑問を抱く。たとえば「自宅では紙版で、通勤電車の中では電子書籍版で」という読み方を想定するなら、厚くて重いハードカバーの本のほうが、より恩恵がありそうだ。NFTを使った2次流通を重視するならば、文芸書や画集、写真集のようなコレクター市場のある分野のほうが需要を見込めるのではないだろうか。これを足がかりに新書以外への拡大を希望する。


 この欄は「海外出版事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2023年7月11日号掲載

永江朗の出版業界事情 NFT付きも同時発売。ハヤカワ新書創刊

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