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週刊エコノミスト Online 複眼対談

黒木亮vs.細野祐二 プロ同士が語り尽くす“ロンドン・粉飾決算・人質司法”

「プロ魂」の熱いぶつかり合い──。欧米外資を相手に奮闘したバンカーと、複式簿記を縦横無尽に操る職業会計士が、静かに語り合い始めた対談は次第に熱を帯び始めた。(司会・構成=浜條元保・編集部)

黒木「『メイク・バンカブル!』は国際金融マンの出発点」

細野「決算書には濃厚なドラマが詰まっている」

── 黒木さんにとって、『メイク・バンカブル!』は自身が出場した「箱根駅伝」を描いた『冬の喝采』に続く2作目の自伝的ノンフィクションです。

黒木 私にとって同書の舞台の英ロンドンは国際金融マンとしての青春の町、出発地です。無我夢中で欧米外資に臆することなく立ち向かい、中東やアフリカ諸国の協調融資の案件をものにした、とてもエキサイティングな思い出が詰まっています。無謀とも思えるようなこともしましたが、1988年2月からの6年1カ月、ロンドンにこんな日本人バンカーがいたんだと、若い人たちの参考になればと思い筆をとりました。

細野 とにかく懐かしい。著書を拝読してそう思いました。私は公認会計士になって4年後の1986年に、大手会計事務所のKPMGロンドンに赴任しました。本に登場するロンドンの町並みや銀行名がその頃の記憶を呼び覚ましてくれました。当時は邦銀がどんどんロンドンに進出した時期です。サッチャー英政権が金融ビッグバンを実施し、ロンドンの金融街シティーを外国の金融機関に開放しました。『冬の喝采』もそうでしたが、黒木さんの作品には当時の記録を事細かに描いていますね。

黒木 トルコやエジプトといった中東やアフリカはもちろん、激寒のロシアから中東に出張で向かった時などは、自分がどこにいるのかわからなくなるようなこともありました。一番怖い思いをしたのは、1992年4月の英国からの分離を求める「IRA(アイルランド共和軍)」による爆弾テロ。ドワァーンという轟音(ごうおん)と猛烈な風とともにオフィスにあった椅子や書類、ガラス片が暴風雨のように殺到してきました。ロケット弾でも打ち込まれたかと思ったほどで、とっさに机の下に潜り込みました。右手首の傷はその時に飛散したガラス片によるものです。爆弾の量がもっと多かったら、間違いなく死んでいたでしょうね。

カラ売り屋

── 『メイク・バンカブル!』には、黒木さんが邦銀のロンドン支店で、現地採用の個性豊かな外国人スタッフと猛烈に働いた記録が詳細に描かれています。日本の銀行や事業会社が輝いていた時代でした。それから約40年。東芝やオリンパスなど日本を代表する大企業で粉飾決算が明らかになり、内外の投資家から疑念を持たれるようになりました。

細野 粉飾が多いように言われますが、私はそうは思いません。独自に開発した決算分析ソフト「フロードシューター」に、過去5年間の全上場企業の有価証券報告書をかけると、どのセクターでも5%程度は粉飾が疑われます。決算書は自分で自分の成績をつけるようなもの、よく見せたいというのは経営者の性(さが)です。米国の上場企業をフロードシューターにかければ、日本よりもおそらく粉飾は多いと思います。しかし、これは日本の会計監査制度がしっかりしているからではありません。日本人の民族としての真面目さに尽きます。

黒木 私は粉飾決算や株価が過大評価されている企業を探し出し、カラ売りを仕掛け、株価が下がったところで買い戻して利益を上げる投資ファンドを題材にした『カラ売り屋』を執筆した経験から、細野さんのいうように米国よりも日本企業のほうが不正会計は少ないと思います。米国は売り上げがゼロでもSPAC(特別買収目的会社)などを使って簡単に上場できてしまう、ワイルド・キャピタリズムです。

細野 私は害虫駆除ベンチャー「キャッツ」の粉飾決算に加担共謀したとして逮捕・起訴され、2010年に有罪が確定しました。キャッツ事件は、現行刑事司法により有価証券報告書の虚偽記載事件として確定しています。しかし、問題とされたキャッツの02年度財務諸表の有価証券報告書の訂正報告書は出ておらず、これが適正であることは会計的に確定しています。検察がキャッツ経営陣の「細野さんに粉飾の指導を仰いだ」という証言だけで、私を有罪とし、裁判所がそれを追認しているだけです。

966日の勾留

── 黒木さんはキャッツ事件をモチーフに、『カラ売り屋、日本上陸』を書いています。

黒木 キャッツのことは大手信用調査会社の調査マンから聞いて興味を持ちました。急速に業績を伸ばしている新興企業だけど、何か怪しいと。調べると、粗削りながらとても面白い会社だと思いました。経営者や従業員の体臭や汗を感じました。若いころやんちゃだったと思われる経営者のキャラも立っていましたし、東芝やオリンパスよりもずっと人間味にあふれる企業という印象を受けました。小説を書くうえで、こうした人間臭さはとても大切です。読者の興味を引きやすく、共感されやすいからです。今日、初めて細野さんにお目にかかることになり、何もお知らせせずに小説にしたことで、お叱りを受けるかと、内心ビクビクして来ました。

細野 とんでもありません。とてもよく書いていただき、ありがたいことです。ご指摘のようにキャッツは私にとっても、非常に魅力的な会社でした。ロンドンから東京に戻った私は、国内企業のクライアント獲得がミッション。KPMGのクライアントは外資中心で、ほかの大手監査法人に国内有力企業の監査はすでに押さえられていました。必然的に非上場企業やベンチャー企業を開拓し、その企業を上場させようと、必死な時期。激しい競争の末に、私がキャッツをクライアントとして獲得し、上場までこぎつけるのですが、社長以下、社員の若さと頑張りだけが取りえの会社です。

 当時、無料検査と称してシロアリを床下にばらまいて顧客をだます不良業者が多い中で、キャッツは技術研究所を設立して顧客に5年間の無料サービス保証を付けるという画期的な営業戦略をとっていました。また、徹底した成果主義・人事で、業績を急拡大させていました。その一方で、急成長に内部管理体制が追い付かず、会…

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