マイクロソフトとメタの生成AI開発に潜む「野心」 長谷佳明
フェイスブックなどのSNSを展開する米国のメタは、ディープラーニング(深層学習)に関する3人の著名な研究者の1人であるニューヨーク大学のヤン・ルカン教授をチーフ・AIサイエンティストとして登用するなど、AI研究の最前線を走る企業である。
メタは2023年2月、オープンAIの「GPT-3」に匹敵する性能を持つといわれる大規模言語モデル「LLaMA(Large Language Model Meta AI、ラマ)」を公開した。LLaMAは、開かれたオープンなAI研究を望むヤン・ルカン氏の意思を反映してか、モデルはオープンソースとして公開された。ただ、研究用途のみを認め、商用利用は不可とした。メタにとっては、高いコストをかけて開発したモデルが競合他社の手に渡り、ビジネスを阻害しては困るのである。それを懸念したため、商用利用を不可にしたのだと推察できる。
商用利用を認めた「Llama2」
その後、生成AIブームはさらに過熱し、研究開発も進展して、メタは2023年7月、早くもLLaMAを発展させた「Llama2(ラマツー)」をオープンソースで公開した。ここで大きな方針転換が起きた。驚くべきことに商用利用を認めたのである。この行為に、前回で示したAI開発者の「野心」の一端が透けて見える。
オープン化の背景には、メタのAI開発をインフラ面で支援するマイクロソフトの影が見え隠れする。マイクロソフトは、オープンAIに巨額の出資をし、GPT-3の開発を支援、ChatGPTやGPT-4をはじめとしたオープンAIの技術を独占的に活用する権利を有する。
ただ報道されているように、オープンAIは現在、著名な作家をはじめ、クリエーターなどから著作権侵害の疑いで多数の訴訟を起こされている。裁判所の判断次第では、技術が活用できなくなる恐れもあり、マイクロソフトにとって、オープンAI一本足では、ビジネス継続性の観点でリスクを抱えていた。
そこで目を付けたのが、すでにVR(仮想現実)などで協業するなど、手を取り合ってきたメタである。メタが開発する大規模言語モデルの開発を支援し、Llama2の公開とともに、マイクロソフトは、自社のクラウドサービス「Azure」でサポートを始めた。
「Llama2」はかつてのリナックスの役割
マイクロソフトにとって、Llama2を支援することは、ビジネスの上でどのようなメリットをもたらすのだろうか。
ポイントは、間違いなく技術の「オープン性」であろう。Llama2が公開されるや、2023年8月には日本のスタートアップ企業・ELYZAが日本語化したチューニングモデルを公開するなど、Llama2をベースにしたモデルが世界中で開発され始めている。開発者が多くなればなるほど、改良が進んで性能は向上し、世界中にLlama2から誕生した子モデルや孫モデルたちが広がっていくだろう。Llama2を核とした生成AIのエコシステムが形成されるのは時間の問題である。
この観点から、私は今後、Llama2が「生成AIのLinux(リナックス)」の役割を果たして発展していくと考えている。そして、改良したモデルをマイクロソフトやメタが逆に取り込みビジネスに活用できるようにすることは、メリットの一つといえる。
ただ、「Llama2」には、もう一つの顔があるように思う。それは、モデルの拡散によって、世界中の企業が生成AIの「価値」を知り、その「魅惑」から逃れられなくすることだ。そこにマイクロソフトやメタの真の狙い、つまり「野心」があるように思えてならない。
つまり、Llama2なしでは生成AIに関する事業は成り立たなくなるような世界を作り上げることである。これが完成すれば、マイクロソフトやメタの価値は一層高まる。生成AIに対するポジティブな世論を作り上げることは、生成AIをビジネスの根幹に据えようとしている企業にとっては大きな追い風となる。
新しいビジネスを生むチャンス
Llama2のようなオープンで商用利用可能なモデルの誕生により、世界中の研究者の英知を結集したモデルに誰もがアクセスでき、アイデア次第では、これまで世になかった珠玉のビジネスを新たに生み出すことが可能な世界が目の前に開かれた。
前回のオープンソースへの郷愁にも似た筆者の思い出に戻ってしまうが、もし、私がいま大学生なら、迷うことなく「就職」ではなく、生成AIによる「起業」を選ぶだろう。これは間違いなく大きなチャンスである。日本の学生も臆することなく、ぜひ、オープンソースのAIを武器に、自らのアイデアを「形」にしてほしい。