120年も相続登記されなかった土地をめぐる“冒険” 探し出した相続人518人 登記完了に7年 松本万紀
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今年4月から相続登記が義務化された。相続登記を放置すると過料が科されるおそれがあるだけでなく、後世に多大なツケを残すことになる
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今年4月1日から不動産の相続登記が義務化された。相続登記を放置することで登記簿上、誰が所有者なのかが分からなくなる「所有者不明土地」問題に対処するために導入されたが、実際に相続登記を何代にもわたって放置するとどうなるのか。登記簿では13人の共有だった山梨県内の土地2筆を相続登記しようとしたところ、相続人が518人にも膨れ上がり、相続登記完了まで7年近くもかかった筆者の経験を紹介したい。
相続登記の依頼が寄せられたのは2013年秋。山梨県の知人の土地家屋調査士から「相続人がたくさんいると思われる土地があるが、相続登記がされていない。この土地の相続登記を引き受けてもらえないか」と連絡が来た。筆者は司法書士として独立して間もなかった当時、どのような案件にも挑戦していたため、「できますよ。任せてください」と答えた。これが安請け合いだったことを後々思い知る。
その土地は山梨県上野原市にある畑で、108平方メートルの土地(甲)と731平方メートルの土地(乙)の2筆。同市とNEXCO中日本八王子支社の共同事業として、中央自動車道の談合坂スマートインターチェンジの設置予定現場にあった。用地を買収するには当然、土地の所有者と売買契約を結ぶが、土地が共有の場合は共有者全員との合意が必要になる。
相続登記されていなければ、登記簿上の権利者の戸籍からその相続人を洗い出さなければならない。また、相続に当たって相続人の間で遺産の分け方が決まっていなければ、その分け方を決めて同意した「遺産分割協議書」の作成も必要になる。公共の利益となる事業に必要な土地の収用・使用は、土地収用法に基づき補償などをしながら事業を進行させることが多いが、この件は通常の相続登記と同様の手順で進めることになった。
“戸籍収集マシーン”に
登記簿を見せられて驚いた。土地・甲の所有者はA~Kの11人とL、土地・乙は同じA~Kの11人とMの共有名義で登記されており、1900(明治33)年から権利の変動がなかった。どのような経緯で当時、これほど多数の所有者の共有となったのかは分からないが、何らかの目的で村の土地を共同で管理しようということだったのだろう。こうした土地はおそらく、全国各地で少なくないのではないか。
まずは相続人調査から開始することとし、ひたすら戸籍を収集した。司法書士は通常、依頼者から登記業務の依頼を受けると、「職務上請求」と呼ばれる手続きによって職権で戸籍謄本類を取得する。しかし、この件は公共事業という特別なケースだったため、事前に東京司法書士会に事業内容を説明して許可を得た後、上野原市から毎回、各自治体宛てに事業説明書を渡しつつ戸籍を収集する形を採用した。
こうした大規模かつ公共性の高い登記業務は通常、公共嘱託登記司法書士協会が担っている。しかし、この件では筆者の事務所が一手に請け負う珍しいケースだったため、戸籍請求のつど、自治体に説明が必要になった。この時点ですでに事務所の人手が足りず、職員を1人増やして対応することにし、事務所一丸で“戸籍収集マシーン”となって戸籍を集め続けた。
戸籍が集まった後は、それを「相続関係図」の作成ソフトに入力し、少しずつ「ファミリーツリー」(家系図)ができていった。やがて、事務所には電話帳の厚さの戸籍謄本の束が積み上がっていった。戸籍謄本などの取得費用は筆者の事務所が立て替えてから、年度末に発注者である上野原市などと精算していたため、経理の負担も重かった。仕事の進捗(しんちょく)に合わせ、もう1人職員を雇用した。
使えない遺産分割協議書
戸籍謄本類の山の中にさまざまな発見があり、勉強にもなった。例えば、太平洋戦争中に長男が「戦死」したとの記載の後、長男の妻が次男と結婚していたり、生まれて間もない子どもが亡くなることが珍しくなかったりした時代があった。また、いとこ同士の結婚も多かった。現…
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週刊エコノミスト
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