❸「甘い食べ物」と虫歯の意外な関係 林裕之
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歯を守る自然のサイクルである「脱灰→中和→再石灰化」が問題なく行われていれば、虫歯発生のリスクは小さくなると考えられている。
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甘い食べ物は虫歯を作ると、いわれています。これは、スウェーデンで行われた人体実験「ビペホルム実験」の結果に基づいています。ビペホルム実験は、スウェーデンのルンドにある知的障害者のためのビペホルム病院で行われました。患者の虫歯を誘発させるために大量の菓子を与えた一連の人体実験です。1945~55年まで行われました。その方法は、砂糖入りのお菓子を食事の時間内だけに与えたグループと、間食に与えたグループに分け、両者の虫歯の発生率を調べたのです。
その結果、食事の時間内だけに食べたグループにあまり虫歯は増えませんでした。一方、同じ量のお菓子を間食に食べたグループは、虫歯が急激に増えました。この実験結果は、糖の摂取の仕方と虫歯発生の相関関係を実証した貴重なデータをもたらしました。
病気の原因究明に人体実験ほど有効な手立てはないとはいえ、私が生まれる前年の55年まで行われていたのは驚きです。現在では福祉国家のイメージが大きいスウェーデンも、かつては人権意識が低かったことが分かります。被験者に発生した虫歯の治療はしたと思いますが、当時の治療技術や虫歯の苦痛を思うと本当にお気の毒です。
食事時間にメリハリを
ビペホルムの人体実験で、虫歯発生には甘いものの取り方に深いかかわりがあることが実証されたわけですが、虫歯発生のメカニズムまでは解明されていませんでした。
現在では、もう少し研究が進み虫歯発生のメカニズムは以下のように説明されています(図1)。
①飲食などで口腔(こうくう)内のpH(水素イオン指数)濃度が5・5以下の酸性になると、歯のエナメル質の表面がわずかに溶け出す(脱灰)。
②1時間ほどで唾液により、pHが7・7程度の中性に戻る(中和)。
③唾液に含まれるリンやカルシウムで歯の表面の脱灰した部分が修復される(再石灰化)。
私たちの体に備わった歯を守る自然のサイクルです。脱灰→中和→再石灰化が問題なく行われていれば、虫歯発生のリスクは小さくなると考えられます。糖分で酸性化した口腔内が中性に戻れない状態は、ビペホルムの実験で虫歯が多発した間食グループの口腔内の状態と一致します。
虫歯の原因といわれている砂糖ですが、砂糖そのものは酸性ではなく中性です。通常は口腔内も中性(pH6~8)に保たれていますが、砂糖や炭水化物に含まれる糖分を摂取すると、それらを歯垢(しこう)中に潜む細菌(ミュータンス菌など)が分解して作られる酸がpHを下げます。
ですので、間食が多いなど口の中に食べ物やジュース類がある時間が長く、口の中のpHが中性に戻れない状態にしないことが大切です。食事以外は口の中に食べ物がない状態を保つメリハリのある食習慣が歯を守る第一歩です。特に、子供に甘いものを与え続けるのはビペホルムの実験をしているのと同じです。
虫歯は高齢者に増えた
再石灰化を阻むものは、糖分と歯垢に潜む虫歯菌の作り出す酸…
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週刊エコノミスト
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