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教養・歴史 書評

零細農家からの搾取構造を明示 取引改善に向け提案も 評者・後藤康雄

『スペシャルティコーヒーの経済学』

著者 カール・ウィンホールド(零細農産物研究者) 訳者 古屋美登里、西村正人

亜紀書房 3080円

 一見あかぬけたタイトルの本書だが、主題は現代資本主義の本質に関わる切実なものである。われわれが日々味わう安価でおいしいコーヒーは零細農家たちからの搾取に基いている──著者の強い問題意識は、原題(Cheap Coffee)に端的に表れている。著者は、業界のさまざまな問題に取り組んできた、MBA(経営学修士)を持つ論客である。

 私たちの生活を彩る褐色の液体がカップに注がれるまでの道のりは長い。本書が詳述する通り、コーヒー豆の生産農家に始まり、加工業者、貿易業者、焙煎(ばいせん)業者、国内流通業者など多くの段階からなる。そこには多様なステークホルダー(利害関係者)が関与し、種々の要因を考慮したしのぎを削る取引がなされる。こうしたバリューチェーン(価値連鎖)の中で発展途上国の零細農家が割を食う構造は想像に難くない。

 この状況を変えるべく、さまざまな試みがなされてきた。途上国の生産物を適正価格で公正に取引することを目指す「フェアトレード」という認証制度は広く知られている。他にも持続可能性などそれぞれの立場から認証の仕組みが設けられてきたし、国際的な価格協定などの施策も取られてきた。厳しい基準で高品質な豆を差別化する「スペシャルティコーヒー」という区分もまた、零細農家を守るひとつの方向性である。良質な豆を育てる意欲と価格プレミアムの利益が農家にもたらされる。

 著者は、これらに一定の評価は与えつつも、結局のところ標準化された豆を大ロットで扱う国際商品市場が圧倒する現実を直視する。取引の効率性、収入の安定性、そして何より安いコーヒーを欲する消費者などを考慮すると、零細農家を救う道は限られる、と冷静に捉える。

 読み進むにつれ、植民地時代の歴史にまでさかのぼるコーヒー業界の複雑さや特殊性を知らされるとともに、一種の既視感も芽生える。多段階の工程からなる生産では、ややもすると1次生産者が過当競争に陥り、発注元との力関係で劣位に置かれる。製造業、ソフトウエア産業、コンテンツ産業など、多くの下請け、孫請けを擁するわが国の産業でも似たような構図がみられないか。

 最後に著者は零細農家側に立ち、いくつもの提案を行う。取引の透明性向上など、いずれもハードルは高いが正攻法だ。それらもまたわが国の産業人に気づきを与えてくれるかもしれない。本書と一杯のコーヒーとともに、時には遠い異国の生産者やバリューチェーン内の自らに思いを巡らせてはいかがだろう。

(後藤康雄・成城大学教授)


 Karl Wienhold 1987年生まれ。農民社会とグローバル経済の交わりの研究により、米サンダーバード大学などでMBA取得。現在ポルトガルのリスボン大学で零細農産物にかかわる開発学を研究中。


週刊エコノミスト2024年7月16・23日合併号掲載

『スペシャルティコーヒーの経済学』 評者・後藤康雄

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