インタビュー「日銀はすでにビハインド・ザ・カーブに陥っている」山口広秀・元日銀副総裁
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国債購入の減額や利上げの時期を探り、「金融の正常化」に踏み出す日銀。白川方明総裁時代を副総裁として支えた山口広秀氏は、すでに後手に回っていると指摘する。(聞き手=浜條元保/浜田健太郎・編集部/永野原梨香・ライター)
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── 植田総裁の評価は?
■消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、コアCPI)は、2022年4月に前年同月比2%を超えている。植田氏が総裁に就任した23年4月には2%を大きく超える上昇が1年続いていた。コアCPIの上昇率は、電気・ガスの補助金やエネルギー関連の補助金を除いて考えれば、今や実勢ベースでは3%ぐらいになっていると思う。できるだけ早くマイナス金利などの異次元緩和政策からかじを切り替えるべきだった。端的に言うなら、後手に回ってしまっている。すでに金融引き締めが後手に回るビハインド・ザ・カーブに陥っていると言ってもよい。
── 総裁は、早く異次元緩和をやめることで2%インフレを安定的に実現する芽を摘んでしまうリスクが大きいと説明していた。
■その総裁の認識とは私は違う。10年代までの日本経済のデフレ構造と、20年のコロナ禍以降の構造は明らかに異なっている。日本経済はインフレの時代に入ってきている。そういう大局観に立って、打つべき手は何か、どういうタイミングで打つべきかを考えるべきだ。デフレ時代の延長で考えていると政策を誤る。
異次元緩和は必要なかった
── 植田総裁が後手を取り戻すには?
■金融政策の目標は物価の安定と、その下での健全な経済成長の実現である。後手に回ったとは、こうした政策目標を達成できない方向に経済が移ってしまっているということだ。
ビハインド・ザ・カーブに陥った政策を修正するのは非常に難しい。これは米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長をみていてもわかる。インフレは一時的だと言い続けている間に物価は7%を超えるところまで上昇し、FRBは22年3月から5%超も金利を引き上げざるを得ない状況に追い込まれた。それでもFRBが目指す方向への道筋はまだみえてこない。日銀も同じような状況に陥るのではないか。
なお金融政策の正常化が日銀の当面の政策目標といわれるが、それは違う。正常化自体が目標になることはあり得ない。金融政策の目標は、あくまでも今述べたような物価と景気の実現である。
── 約30年も金利のない世界で生活してきた日本には利上げの影響が大きいのでは?
■金利のある世界の中で、企業や消費者がどのように金利観を作っていくかは、これまであまり経験してこなかっただけに難しい。金融機関にとっても預金金利や貸出金利をどう設定していくか、債券などのトレーディングをどう展開していくか、容易ではない面もあろう。しかし、これらは試行錯誤の中で対応していくしかない。いずれ慣れていくに違いない。
一方で、金利上昇の需要面へのインパクトは、今想定されているような利上げのペースでは大きくないだろう。言い方を変えれば、高めの物価上昇を抑えることは難しい。
── 金融緩和の継続が円安をもたらしている?
■円安は底流には異次元緩和の副作用という面がある。もちろん日米金利差は円安の一つの要因だろう。ただ、ほかにもいろいろな要因がある。日本経済の実力の低下が円安を促す。あるいは経常収支は黒字だが、円に転換されない黒字部分が相当にあ…
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週刊エコノミスト
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