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日本の年金制度には不公平と矛盾が内在する 田中秀明

制度は複雑だが、国民にとって重要な年金
制度は複雑だが、国民にとって重要な年金

 日本の年金制度は非常に複雑でわかりにくい。7月に発表された財政検証も同様であり、膨大な資料の中に年金制度が抱える問題と矛盾が隠れている。

 財政検証は、出生率を1.36と仮定するなど楽観的である。出生率は2023年に過去最低の1.20に低下しており、これが回復するとは考えにくい。将来は不確実性が高く、慎重な前提でも代替率50%を維持できることを示さないと、信頼性がない。

 年金財政が改善した理由として積立金が増えたことが挙げられている。それは、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が株式などに運用している。23年度は45兆円の収益を上げたが、そのうち現金収益は4兆円に過ぎない。収益のほとんどは株などの含み益であり、株を売らない限り年金給付には充当できない。政府機関が兆円単位で株を売れると思えない。

 マクロ経済スライドにも問題がある。厚生年金の基礎年金部分の所得代替率(夫婦2人分)は24年度の36.2%から57年度の25.5%に減少する(図1)。他方、報酬比例部分は、同じ期間で25%から24.9%へとほぼ変化しない。

逆進的な保険料の増大

 これは基礎年金部分しかなく、相対的に所得の低い者が加入する国民年金ほど給付が削減されることを意味する。国民年金は所得代替率で約3割、実質額で約2割削減される。今後、就職氷河期世代などが高齢になるが、彼らは保険料を十分に納める余裕がなかったために貧困が増えると予想されている。その上に年金が削られれば、生活保護受給者が急増するだろう。生活保護受給者の半数はすでに高齢者であり、日本の年金は高齢期の貧困防止には役立っていないのだ。

 04年の年金改正では将来の保険料の上限を決めるとともに、給付水準(代替率50%)も約束した。その後平均寿命が延びるなど前提が変わったため、保険料を引き上げずに約束を守ることが難しくなっている。

 そこで厚生労働省が考えたのが、被用者保険のさらなる適用拡大などにより保険料収入を増やすことである。「年金給付が増える」とメリットを強調するが、主婦などが新たに保険料を負担しても医療保険の本体給付は同じだ。さらに次のような問題がある。

 第一に、厚生年金と国民年金の間の不公平の拡大である。適用拡大とは、対象となる事業所の規模、週の労働時間、月収などの基準を引き下げることであり、これまで何度か実施されてきた。厚生年金に加入する月額賃金の下限は8.8万円であり、これに保険料率18.3%を乗じると、保険料は労使合計で1万6104円である。これは国民年金の月額保険料1万6980円より安い。厚生年金に加入すれば、負担は国民年金保険料より低いにもかかわらず、基礎年金部分に加えて報酬比例部分も受給できるのだ。

 この下限をさらに下げれば不公平は拡大する。現在では、国民年金加入者の過半は会社員などだが、同じ会社員でも加入する制度により差別する合理性はあるだろうか。国民年金の加入者は減っているが、雇用されない多様な働き方は奨励されるべきだ。米国のように無業者を除く全ての国民が同じ年金制度に加入するのであれば(自営業者は被用者個人の2倍の負担)、適用拡大は正しいが、日本は違う。

 第二に、逆進的な保険料による再分配である。保険料は所得税と異なり、低所得者ほど収入に対する負担割合が高い(図2)。国民年金保険料は、年収200万円でも1億円でも同じだ。だから国民年金加入者の半分以上は、満額の保険料を負担できない。そうした人が、60歳以降になって満額の保険料を負担できるとは考えにくいので、基礎年金拠出期間を延長しても、彼らの年金はそれほど増えないだろう。国民年金給付の半分は税金で賄われるため、保険料を負担しなくても半額は受給できるとしても、その財源となる消費税などは彼らも負担するので単純に「お得」とは言えない。

 適用拡大に当たり、企業は雇用主として保険料を負担すべきと指摘されるが、健康保険組合にあっては、労使が負担した保険料の半分は後期高齢者医療制度等に流用されている(基礎年金と同様の財政調整)。これは組合員のために使うべき保険料の目的外使用であり、そうした指摘に説得力はない。

 財政調整は逆進的な保険料による再分配だ。また、年金・医療・介護保険に大量の税金が投入されているが、この結果、高所得者も税金(低所得者が負担した消費税など)で支援している。財政調整と税金の投入により、負担と給付がリンクし財政規律が働くはずの保険原理が機能していない。

 第三に国民負担の増大である。保険料の対GDP(国内総生産)比は、1990年からの30年間でほぼ倍増した(図3)。他方、所得税や法人税は低下している。国・地方を合わせた一般政府収入のうち保険料の割合も、90年の26%から21年の39%に上昇している。この水準は、保険制度を基盤とする主要先進国中で最も高い。ドイツは同じ期間ほぼ37%であるが、フランスは44%から32%へ減少している。企業の国際競争力の観点から、保険料の一部を、所得を賦課対象とする社会保障目的税に振り替えたからだ。

 財政検証では、企業規模要件の廃止、5人未満の個人事業所を対象、労働時間が週10時間以上の全てを対象とすることなど複数の適用拡大を試算している。厚労省は働き方に関わらずセーフティーネットを拡充するべきとして「勤労者皆保険」を掲げる。もっともらしいが、逆進的な保険料への依存は、働く現役世代や企業の負担となり、日本経済にマイナスとなる。

 日本は急速に人口が減少している。今後50年間で15~64歳の働き手が約3000万人減る。すでに人手不足が深刻になっているが、現在の保険制度には働くことを阻害する仕組みが多い。専業主婦などの第3号被保険者制度や年収の壁、在職老齢年金制度、被用者保険制度の適用基準などである。

 厚労省は、片働き世帯と共働き世帯について、世帯の合計所得が同じであれば、負担と給付は同じであり不公平はないとして、第3号制度の見直しの優先度は低いとしている。しかし、独身世帯は片働き世帯と同じ所…

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