大手版元の増益構造から考える紙媒体の将来 永江朗
帝国データバンクが9月8日に発表したTDB BusinessViewによると、2023年度における出版社の業績は、赤字が36.2%、業績悪化の出版社は6割を超えたという(調査対象652社)。24年1〜8月の倒産・休廃業解散は46件と過去5年で最多ペースだ。
しかし、大手は好調だ。業界専門紙『文化通信』によると、集英社の83期(23年6月1日〜24年5月31日)決算は減収増益。売上高は2044億円で前期比2.5%減だが、前期に続いて2000億円を超えた。興味深いのはその内訳だ。出版売り上げの比率は59.3%で6割を切った。4割は広告と事業収入で、なかでも版権収入が大きい。また、出版売り上げの内訳を見ると59.5%がデジタルで占められる。紙の雑誌・コミックス・書籍はいずれも前期比マイナスで、デジタルのみが4.1%プラスだ。
帝国データバンクのリポートは「出版物の約4割が売れ残りとして返品されるなど出版社では在庫負担が重い」と指摘しているが、集英社の返品率は全体平均で28.7%。なかでも雑誌は43.6%と高い。デジタルには返品も在庫負担もないから、デジタルが伸びれば出版社の利益は増える。
集英社に限らずデジタルを手がける大手はどこも好調だ。しかし、その理由をインターネットやスマホの普及など社会のデジタル化だけに求めるのは早計だろう。紙の本と違って定価に縛られないので販売サイトの価格設定には柔軟性がある。販売サイトでは、月替わり・日替わりなどさまざまな形で通常価格よりも大幅に値引きしたセールやポイント還元などを行っている。それが市場拡大につながっているのだろう。
返品ゼロも価格を変動させて需要を喚起することも、デジタルでなければできないというわけではない。紙の本でも買い切りにできるし、必ず定価販売でなければならないというものではない。もちろん返品(委託取引)や定価販売(再販制)をやめれば想定していないような弊害も出てくるだろう。だが現行の取引条件のまま紙の書籍・雑誌をつくったり販売したりすることは、あと何年続けられるだろうか。
この欄は「海外出版事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2024年10月8日号掲載
永江朗の出版業界事情 大手版元の好調で考える紙媒体の将来