主要国の中銀が始めた“ポスト非伝統的金融政策”がはらむ四つのリスク 田中隆之
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日銀を含め主要国の中央銀行の金融政策は、利上げによって新たなフェーズに入った。しかし、大量に購入した国債の扱いなど、新たな課題にも直面している。
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日銀が今年3月に17年ぶりの利上げに転じ、米連邦準備制度理事会(FRB)は9月、4年半ぶりに利下げ局面入りするなど、内外の金融政策は大きな節目にある。本稿では、こうした動きの背後で現代の中央銀行が抱えるさまざまな課題や問題点を、金融政策の枠組みと経済構造の歴史的な大転換過程の中で捉え、考察してみたい。
第二次世界大戦後、景気平準化策(総需要調整策)としての金融政策、すなわち緩和・引き締めには多様な政策手段が用いられ、主要国中銀でもその手法はある程度ばらついていた(表1)。だが、1990年代半ばまでに、各国では「短期金利誘導型」とも呼ぶべき、ほぼ共通の枠組みに一本化された。公定歩合操作、支払準備率操作はもはや行われず、日銀であればコール金利、FRBではフェデラルファンド(FF)金利など、短期の政策金利のみの誘導で金利体系を動かすようになった。金融自由化に対応した市場重視型の枠組みだ。
ところが、この転換からしばらくして世界金融危機(2008年)が到来し、利下げの結果、政策金利がゼロに達したため、それ以上の緩和が打ち出せなくなった。これを「ゼロ金利制約」(ZLB)と呼ぶ。せっかく確立した短期金利誘導型政策は使えなくなり、非伝統的なさまざまな手段に頼らざるを得なくなった(日銀のみはこれに先行し、99年、01〜06年にすでにこれを経験していた)。
諸手段の中心は、「大量資産購入」と「フォワードガイダンス」である。大量資産購入では、とりわけ長期国債の購入により、まだゼロには達していない長期金利を引き下げることで緩和効果を及ぼす。フォワードガイダンスには、短期の政策金利を将来も低く置く約束をして長期金利の低下に働きかける要素(FG1。金利の期間構造に関する期待仮説に依拠)と、緩和政策を続けることで期待インフレ率を引き上げる要素(FG2。それにより実質金利の低下、また現実のインフレ率上昇を狙う)がある。
非伝統的金融政策の結果、中銀は大量の長期国債を保有することとなった。日銀は13年4月に開始した量的・質的金融緩和(異次元緩和)でFG2を強く前面に出し、「2%物価」達成まで緩和状況を続ける手段として国債を買い続けた。しかし、それゆえに発行額の半分以上にも相当する突出した規模の国債を抱え込んだ。コロナ危機後には米欧の中銀でも保有国債の残高が急増し、もはや日銀だけの問題ではなくなった(図)。
大量資産購入から脱却へ
もっとも、主要国中銀は非伝統的金融政策の中核である大量資産購入からの脱却を進めてきた。資産購入をやめて政策金利引き上げを開始した点をメルクマールとすると、FRBとイングランド銀行(BOE、英中銀)はコロナ危機前にこれを脱却し、“ポスト非伝統的金融政策”に移行している。欧州中央銀行(ECB)はコロナ後の22年に、日銀は今年3月の利上げでこの局面に移行したといえる。
筆者はこの枠組みを「超過準備保有型」と呼んでいる。この枠組みでは、再び短期の政策金利の上げ下げが緩和・引き締めの中心手段となる。ただし、かつては公開市場操作で政策金利を誘導したのに対し、大量の超過準備を抱えるがゆえにそれができない。そのため、準備預金(市中銀行が中央銀行に預ける預金)に付利し、その水準変更で誘導する点が大きく異なる。
これに加え、大量資産購入やフォワードガイダンス、貸し出し誘導資金供給も併用しうるし、再びゼロ金利制約に直面した場合にはマイナス金利政策を使うこともできる。実際、コロナ危機前にFRBとBOEはこの枠組みに入って政策金利を引き上げていたが、危機で再びゼロ金利制約に直面し、大量資産購入…
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週刊エコノミスト
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