私立大の定員割れに潜む深刻なのに誰も触れない問題を語ろう 河村小百合
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もはや当事者だけに改革を任せていられる段階ではない。社会ニーズに即した高等教育を実践しているか否かを見える化すべきだ。
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今年度、全国の私立大学の実に約6割が定員割れ、というニュースは大きな衝撃を与えた。定員割れは、特定の私立大学だけとか、特定の地域の大学だけ、ではなく、すでに国全体としての構造的な問題になっている。
その影響をもっとも深刻に受けているのが地方の中小規模の私立大学である。地方の私立大学では、地元の自治体にかけあって、公立大学化して税金投入で授業料を下げて学生を集めようとする例が後を絶たない。しかしながら、これでは、少子化で縮小著しいパイを、税金まで投入して奪い合うことにほかならず、問題の根本的な解決にはつながらない。
こうした現実の背後には、わが国の大学教育が抱える二つの深刻な問題が隠されている。
就職氷河期の誤解
一つは、「現在のわが国の経済・社会が必要としている大学の卒業生の規模に対して、実際の大学の入学定員が過大」という点。もう一つ、これは往々にして見過ごされがちではあるが、「卒業後に、受けた大学教育、とりわけ、そのためにかかった授業料などの費用に見合う仕事に就けない、所得も得られない大学卒業生が延々と量産され続けている」という点だ。後者はむしろ、触れることがタブー視されている点であると言えるかもしれない。
少子化は1990年代にすでに始まっていた。にもかかわらず、90年代には大学の学部の新設等が相次いだ。その背景には、“ゆとり教育”を推進するという政府の方針があった。その結果、大学進学率はめざましく上昇し、一定の効果があったのは事実だろう。
半面、90年代半ば以降は、別の問題が顕在化した。卒業生を受け入れる社会の側で、大卒者の大幅増に見合うだけの働き口が突然に増えるわけではなく、増やせる状況にもなかった、ということだ。
その問題がもっとも典型的に表れたのが、“就職氷河期世代”問題である。「詰め込み教育」から「ゆとり教育」への転換で、定員が大幅増となった世代が大学を卒業し始めたのは90年代の終盤。「就職氷河期問題」は、金融危機下でわが国の企業が全体として大卒者の採用を大幅に絞り込んだため、と考えられていることが多いようだが、文部科学省の学校基本調査の統計でみる限り、事実ではない。90年代末から2000年代前半にかけての大卒就職者数はおおむね30万人前後の横ばいで推移している。それ以上に、大卒者の規模が急増した結果として職にあぶれる人が増えた、ということだろう。
この時期に新設された大学の学部には、「国際〇〇学部」とか、カタカナ名の学部が多くみられた。大学の新設等を認可する文科省の審議会は大学関係者が中心で、大学教育に対する先々の経済・社会のニーズがどう変化するのかに関する検討は不十分であったと言わざるを得ない。
少子化が一段と深刻になってきた18年、文科省の中央教育審議会は「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」をまとめている。そこでは「18歳で入学する日本人を主に想定する従来のモデルからの脱却」が目標に据えられ、国全体としての大学の定員縮小の必要性の認識や具体的な対応策は見当たらない。留学生頼みや社会人学生のリカレント(学び直し)目的での受け入れで解決できると楽観し、少子化問題に正…
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週刊エコノミスト
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