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悠仁さま「東大志望説」はフェイクニュースだった 成城大教授・森暢平
◇社会学的皇室ウォッチング!/137 悠仁さま「東大志望説」はフェイクニュースだった
秋篠宮家の悠仁さま(18)が来春から筑波大で学ぶことになった。悠仁さまについては、雑誌メディアを中心に推薦入試で東大を目指しているなどと報じられ、東大入学に反対するネット署名まで行われた。しかし、「東大志望説」は全くのフェイクニュースだった。(一部敬称略)
悠仁さまの合格は12月11日に明らかになった。合格したのは「生命環境学群」の「生物学類」である。他大学でいうと、「生物学科」にあたる。農学など実用的学問領域と隣接する他学類ではなく、基礎科学としての生物学を志向する「生物学類」を選んだ。トンボという具体的研究対象があるなか、系統分類学や生態学など基礎生物学を学ぼうという悠仁さま自身の指向が垣間見える。
悠仁さまは、幼稚園児のときから住まいである赤坂御用地でトンボを追い続けた。御用地にはどのくらいの種がいるのかを調べ、悠仁さまが筆頭著者となった「赤坂御用地のトンボ相」が昨年11月に発表された。こうした研究は、さらに、なぜ日本には多様なトンボがいるのかという問いに進んでいくだろう。分子系統解析で進化の過程からトンボの多様性を追究したり、生態学的方法で生態と環境の関係を考える方向も考えられる。いずれにせよ、悠仁さまは基礎生物学を学び、生命とは何かという根源的な問いに向き合おうとしている。
筑波大の生物学類は「国内最大規模の生物学科」を自称する。1学年約90人の学生に約80人の多様な分野の教員がおり、学生の研究分野の選択肢が広い。静岡県下田市、長野県上田市菅平に研究施設が整い、フィールド実習も多くある。8割前後の学生が大学院に進むなど、研究者養成機関としても充実する。生物学を学ぶには、国内では最良の環境が整った学科といえる。生命の不思議を基礎科学から学ぼうとする悠仁さまが筑波を選んだのには理由がある。
◇「農学部」進学説は幼少時代からあった
ところが、雑誌メディアの多くは、悠仁さまが東大を目指し、それを望んでいるのは母親、紀子妃であるという物語を紡いできた。2012年、悠仁さまがまだお茶の水女子大付属の幼稚園生だったとき、『週刊朝日』(12年9月21日号)が「『脱・学習院』で目指せ東大⁉」という記事を掲載。翌年、小学校1年生になったときも、紀子妃は「学業を究めて東大農学部に進学してほしいなんて夢もお持ち」(『女性セブン』13年9月26日号)と報じられた。
臆測は、悠仁さまの筑波大付属高校進学が決まってからも繰り返される。同高校は毎年東大に30人前後を合格させる進学校だからであろう。「東大農学部には応用昆虫学や昆虫遺伝学などの有名な研究室がある」から、紀子妃の「『東大計画』はより現実味を帯びることになる」(『週刊文春』22年1月27日号)というストーリーが繰り返された。
高校3年生になってからも、東大農学部進学情報は盛んに報道され、トンボ論文に加え今年8月に京都で行われた国際昆虫学会議でポスター発表をしたことを根拠に「東大への道のりは、この夏で十分整った」(『週刊新潮』24年8月15・22日号)と断定された。具体的には学校推薦型入試を利用して、東大農学部を目指すとされたのである。
「嘘も100回繰り返すと真実になる」という言葉はナチスの宣伝相ゲッべルスが言ったとして参照される。フェイクニュースも最初は噂(うわさ)として報じられたが、各誌が同じことを繰り返すなか、いつしか「事実」に転じていく。
困ったことに噂は有識者たちのコメントにより信憑(しんぴょう)性を増してしまった。例えば、政治学者の原武史は「『東大進学問題』ですが、一般入試で受験して合格すれば何の問題もないでしょう。しかし一般市民が中に入れない赤坂御用地をフィールドにした『トンボ論文』による推薦入学ですと(中略)本当の実力が分かりづらくなる」と論じた(『AERA』24年9月9日号)。東大受験という前提自体が間違っているのだから罪深い。
◇雑音気にせず真理の追究を
他にも、大学で研究する有識者が、「学習院に進むのが筋」「皇族の学問は権利ではなく義務」「日本史を学ぶべき」「生物学より帝王教育が重要」などと主張した。学問を究めることの意味を分かっている人たちが、時代錯誤の主張を繰り返すのはどうしたものか。
デマの連鎖は、8月10日から開始された署名集めサイト「change.org」での東大進学反対署名につながる。署名の趣旨は「悠仁さまが東大の推薦入試を悪用し、将来の天皇として『特別扱い』で入学されることは象徴天皇制を根底から揺るがす」であった。約1万2500筆が集まったところでプラットフォーム側により削除された。ただ、署名集めは、別のサイト「Voice」で再開され、11月4日までに7000筆以上集まり、東大に提出しようとしたところ、受け取りを拒否された。
繰り返すが、悠仁さまの進学先候補で、東大の名前が挙がったことはない。23年6月に筑波大の研究室を訪問したときから、筑波大生物学類を志望した。一般入試を視野に受験勉強を続けていたが、2学期早々、評定平均が4・3を上回り、概評が「A」となることが確定したので、高校から同じ学類に2~3人までが推薦できる学校推薦型に出願することにした。
これとて推薦=即合格ではなく、生物学と英語の実力が問われる小論文試験と面接を経なければならない。今年の倍率は発表されていないが、昨年、生物学類を学校推薦型で受験した者は59人で、合格者は20人(倍率2・95倍)。学力が高い生物好きが集まる試験だから難関である。
悠仁さまにとって重要なのは生命の真理に近づくことで、大学名なるブランドはどうでもいい。学べる環境が整っていればいいのだ。「真理の探究」は人間本性に基づく欲求であり、時代を超えた普遍的価値を持つ。こうした理念を理解しない反知性的な報道やネット言説など「雑音」は気にせず、悠仁さまらしく、学問の道を突き進んでほしい。(以下次号)
■もり・ようへい
成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など