マーケット・金融

白川前日銀総裁の英議会証言を読む=加藤 出

前日銀総裁の英議会証言を読む 日銀は改訂前の教科書を前提に 超金融緩和を長期化させている

 英国も日本のように金融緩和(QE)を続けても、低成長と低インフレが続く悪循環に陥るのか──。英国貴族院の金融政策通の熱心な問いかけに日銀の白川方明前総裁は丁寧に、かつ率直に答えた。

(加藤出、東短リサーチ・チーフエコノミスト)

 英国貴族院の経済問題委員会は4月20日、白川方明(まさあき)前日銀総裁を参考人として招いた。議員らの問題意識は、英国でも実施されている金融の量的緩和策(QE)が日本のように長期化したら、何が起きるのかという点にあった。

 貴族院には現在、元イングランド銀行(中央銀行)総裁のマービン・キング卿など経済問題に精通した議員が多数いる。彼らが次々と発する質の高い質問に対して、白川氏は約1時間にわたって丁寧に答えた。今の日銀が見ないふりをして避けている超金融緩和策の本質的な問題点がそこには多々含まれ、非常に興味深い。

 筆者の金融機関・機関投資家向けニュースレターに、この質疑応答を掲載したところ、共感を示すすさまじい反響が返ってきた。多くの金融市場参加者は、やめるにやめられず長期化していく日銀の超緩和策の弊害を強く懸念している。以下、筆者なりの解釈で要約した白川氏の証言を紹介しよう。

日本特有の終身雇用

── QEを使っても日本でインフレに火がつかなかったのは、なぜなのか?

白川氏 グローバル化やIT革命による技術進歩が、日本を含む世界の多くの国にインフレの低下を起こした。どの国も並行的に下落した。現在の違いは、各国の当初のインフレの違いを反映したものである。

 日本は、当初のインフレが非常に低かったため小幅のマイナスを記録するようになった。日本特有の要因としては、終身雇用慣行がある。経済が深刻な負の需要ショックに直面したとき、日本の企業経営者は雇用を優先し、従業員は低賃上げ率や賃金引き下げを受け入れてきた。

 しかし、中央銀行が断固たる態度でインフレ予想に影響を及ぼせば、実際のインフレ率も上がると主張している人もいる。そういった類いの話をあなたは本当に信じるか? 実際の経験が最も分かりやすい。ローレンス・サマーズ米ハーバード大学教授は最近こう言った。

「インフレを押し上げようとした日銀の広範囲の努力は、完全な失敗となった。このことは、かつて自明の理として扱われていたものが、実際には誤りだったことを示している。金融政策でいつもインフレ率を定めることは中銀にはできない」(筆者注:2013年春に日銀はマネタリーベース〈資金供給量〉残高を2年で2倍の270兆円程度に拡大すれば、2%のインフレ目標は実現されると宣言した。同残高は650兆円を超えたが、2%ははるか遠い状態だ)。

生き続けるゾンビ企業

 我々はこの経験を真剣に受け止め、金融政策の基本に立ち返らねばならない。金融緩和の効果とは、金利低下により将来の需要を現在に持ってくることにある。この戦略は、経済のショックが一時的なら機能する。

 しかし、急速な高齢化と低出生率による人口減少といった人口構造の変化や、グローバル化やIT革命に対して柔軟性に欠く労働慣行が招く生産性低下などの構造的問題には効かない。

 それでも金融緩和を長期化させると「需要の前借り効果」は不可避的に小さくなっていく。明日は今日になる。手前に持ってくる将来の需要の余地がなくなる中で、生産的な投資の比率も下落する。大胆な緩和策がクレジット・スプレッド(発行体の信用力の差に基づく利回りの差)を圧縮していくとクレジット市場の効率性が低下し、それらも生産性を低下さ…

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週刊エコノミスト

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