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1ドル=360円時代の再来 急増する対外直接投資と環流しない企業利益の円安圧力=佐々木融
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1ドル=360円時代の再来 急増する対外直接投資と環流しない企業利益の円安圧力=佐々木融
為替相場について語る時には、通常短期的な見通しが重要なので、名目の円相場について議論することが多い。名目の円相場とは、現状であれば1ドル=110円などのよく目にする円相場のことだ。
しかし、長期の為替相場について分析・議論する時は、名目の円相場は使えない。なぜなら、為替相場は2カ国間のインフレ率の差によって調整されていくからだ。
ビッグマック2000円超
例えば、1970年代初のドル・円相場は1ドル=360円だった。そこから比べれば大幅な円高となっているが、本当に円高なのかというとそうではない。米国の大都市のビッグマックの平均価格は今5・66ドルなのだが、もしドル・円相場が70年代初と同じ1ドル=360円のままなら、ビッグマックの価格は円換算で一つ2000円(5・66×360円)を超えることになる。これだけでも、長期の為替相場を名目でみてはいけないことが分かるだろう。
実は、この実質で見た円相場は、2012年末に始まったアベノミクスで大幅な円安となって以降、70年代前半と同レベルの水準で推移し続けている(図1)。円の実質的な価値を示す実質実効レートは、現在73年2月の変動相場制移行直前以来の円安水準にある。実質的にこれだけ割安な通貨は、他にはトルコ・リラ、ブラジル・レアル、コロンビア・ペソだけだ。
円の実質実効レートが、70年代前半と同水準での推移を続けているということは、単純に言えば円の購買力が70年代前半と同水準まで低下しているということだ。例えば、80年代後半から90年代までは、海外から来日した外国人は、一様に日本の物価の高さに文句を言い、一方、日本人は海外の免税店で割安なブランド物を買いあさった。
それがアベノミクス以降に大幅な円安となってからは、来日する外国人は「日本は安い」と口をそろえ、コロナ前までは銀座で買い物を楽しんでいた。一方、日本人にとっては、海外旅行先でさまざまな物が割高に感じるようになった。
なぜ、円はこれほどまでに割安となり、購買力が低いままとなってしまっているのだろう? 現象面から単純に解説すると、それは「他国の物価が日本に比べて大幅に上昇しているのに、為替レートがその分の調整をしなくなってしまった」ことが背景にある。
00年以降の約20年間でみると、日本の消費者物価指数は2・6%しか上がっていない。一方、その他の国をみると、米国の消費者物価指数は54%、ユーロ圏は40%、英国は51%、中国は60%も上昇している。これは、物価上昇率の差の分だけ、円という通貨の相対的な価値が他国の通貨に比べて上昇したことを意味している。
キャピタルフライト
しかし、実際の名目為替相場をみてみると、ドル・円相場は00年の平均レートと21年前半の平均レートがほぼ同水準、ユーロ・円相場、人民元・円相場は逆に現在の方が円安水準となってしまっている。つまり、物価上昇率の差を全く反映していないどころか、逆方向に動いてしまっているのだ。
なぜ、実際の為替相場は実質的な円の価値の上昇を反映しなくなってしまったのだろう。さまざまな理由が考えられるが、日本企業によるキャピタルフライト(資本逃避)が大きく影響していると考えられる。
日本企業は、アベノミクスが開始された13年ごろから対外直接投資を急増させている。13年9月に安倍晋三前首相はニューヨーク証券取引所で行った演説で“Buy my Abenomics!”と発言したが、日本企業にその声は届いておらず、真逆の行動を取って…
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週刊エコノミスト
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