週刊エコノミスト Onlineロングインタビュー情熱人

「本流」の手仕事 池田素民 松本民芸家具常務取締役/1

    「民芸思想を引き継ぎ、高い質を維持した商品という理解が進んでいるのはありがたい限りです」 撮影=蘆田剛
    「民芸思想を引き継ぎ、高い質を維持した商品という理解が進んでいるのはありがたい限りです」 撮影=蘆田剛

     大正から昭和にかけて柳宗悦らを中心に提唱された民芸運動。華美な装飾を施した工芸から日常の生活美の重要性に着目する運動は一世を風靡した。松本民芸家具はその考えを正統に今に引き継ぐ唯一の工房である。

    (聞き手=元川悦子・ライター)

    「民芸運動を引き継いだ唯一の家具を今に」

    「3代目であることを消化できずスペインで巡礼の旅に出た。人間の本質に触れられた気がした」

    ── ニトリやIKEAなど家具販売大手が増収を確保するなど、新型コロナウイルス禍でも家具業界は活況を呈していますが、民芸家具はいかがですか。

    池田 低価格家具のニーズが増え、ネット販売も好調だと言われますが、我々のような手作業の家具業者は厳しいのが現実です。2020年の売上高は前年比2割減。日々の暮らしを大切にする風潮は高まったのかもしれませんが、業績面での実感はないですね。そういう中でも、首都圏や関西圏などで展示会を開いたり、SNS(交流サイト)などを積極活用したりしながら販路拡大に努めています。

     我々の競争相手は有名メーカーやクラフト製作に携わる業者。ライバルが多いのは確かですが、大正から昭和にかけて柳宗悦(やなぎむねよし)先生を中心に広がった民芸運動を継承する唯一の業者としての責任がある。「本流」としていいものを伝えていかなければなりません。

    ── 松本民芸家具の由来は?

    池田 私の祖父に当たる池田三四郎が戦後間もない1948年に京都・相国寺で開催された日本民芸協会第2回全国協議会で柳先生と出会ったのが発端でした。明日の暮らしにも事欠くような状況の中、世の中全体のことを考える先生の考えに感銘を受け、「生活の再建に役立つ家具作りをしたい」と決意。「地元の伝統的手工芸を復興させたらどうか」というアドバイスを受け、風前のともしびになっていた松本家具の職人を集め直すところからスタートしました。

     その後、富山市民芸館館長の安川慶一さんを指導者として迎え、仕事に対して情熱を失いがちだった木工職人たちを奮起させ、技術向上に努める環境ができあがりました。その後、和家具と洋家具の魅力が融合するオリジナルの家具が作られていったんです。

    ロックフェラー3世から注文

    ── 会社の転機は?

    池田 57年にアメリカのロックフェラー3世から注文が入ったことですね。東京の日本民芸館でイスやテーブルを見て気に入り、柳先生を経由してフトイ草を使った「ラッシチェア」を製作してほしいという依頼がありました。それをニューヨークのロックフェラーセンターに数点納品したことが評判になり、その後は全国の百貨店などで展示会を定期的に開くことになりました。78年の長野国体の際には昭和天皇が長野県松本市を訪れ、我々の職人2人が実演を披露する機会もありました。改めて振り返っても本当に大きな出来事だったと感じます。

    ── 現在は3代目の池田さんが主に経営を担っているのですか?

    池田 はい。77年に父で2代目の池田満雄が社長に就任し、現在に至っています。私は常務という立場ですが、新たなビジネス展開が必要だと考え、10年代からは公式ホームページやSNSを強化し、主力購買者であった50~70代に加えて、30代以下の人たちにも興味を持ってもらおうと働きかけています。幸い、00年代の終わりごろから民芸への関心が再燃し、クラフトブームもあって、若い世代の関心が高まっています。コロナ禍でも何とか経営を続けていられるのはお客さんの協力あってこそ。私自身、本当に助けられています。

     柳宗悦らによって1926(大正15)年、提唱され始めた生活文化運動「民芸運動」。日々の庶民の暮らしの中から美を見いだし、手仕事によって受け継がれた民衆的な工芸には、美術品にも負けない美しさがあると主張した。それは、当時急速に進みつつあった生活様式の西洋化、大量生産化への警鐘の意味も込められていた。松本民芸家具は前身の中央構材工業として44年、林業の盛んだった松本市で創業し、木工技術を生かして建築資材などを作っていたが、48年には「民芸」を冠した現社名へと変更し、家具製造に乗り出す。

    ── 池田さんは日本の高度成長期に生まれました。幼少期は家業をどう見ていましたか?

    池田 連日、職人や取引先の人がやってきて、遅くまで酒を飲んで議論している印象でした。祖父は職人ではなくプロデューサーだったので、多くの人に支えられて仕事をしていたんだと思います。かといって、私に松本民芸家具の歴史や伝統を熱く語るようなことはなかったですね。父も祖父からじきじきに指導を受けたのではなく、大阪の民芸店に修業に出されて苦労した。松本に戻ってからも実動部隊として自分なりに営業を強化し、会社を盛り立てていました。いつか自分も同じ道をたどるんだろうなとおぼろげには感じていましたね。

    「値引き販売をしない」

    ── それでもすぐには家…

    残り2089文字(全文4089文字)

    週刊エコノミスト

    週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
    有料会員になると、続きをお読みいただけます。

    ・会員限定の有料記事が読み放題
    ・1989年からの誌面掲載記事検索
    ・デジタル紙面で過去8号分のバックナンバーが読める

    通常価格 月額2,040円(税込)

    週刊エコノミスト最新号のご案内

    週刊エコノミスト最新号

    11月2日号

    地震、台風、土石流 あなたの町の危険度16 水害発生地でなくても区内は5%地価下落 ■中園 敦二/和田 肇18 「災害リスク税」の創設を ■釜井 俊孝19 首都圏人気路線安全度 利便性や土地ブランド優先 必ずしもリスクを反映せず ■横山 芳春20 東急東横線 反町、妙蓮寺、白楽に着目21 東急田園都 [目次を見る]

    デジタル紙面ビューアーで読む

    おすすめ情報

    最新の注目記事