日銀の実態を暴露。元審議委員の5年間の苦闘を読む=評者・田代秀敏
『デフレと闘う 日銀審議委員、苦闘と試行錯誤の5年間』 評者・田代秀敏
著者 原田泰(名古屋商科大学ビジネススクール教授) 中央公論新社 2970円
元審議委員が暴く日銀の知られざる内幕
「5000人の日銀職員で金融政策の専門家は(中略)ほとんどいなかった」
2015~20年に日本銀行(日銀)政策委員会審議委員を務めた著者は、「仕事についての本来あるべき知識を持ちあわせている専門家は日本にほとんどいない」 と指摘し、日銀も例外ではないと言明する。
日銀の総裁、副総裁、審議委員が退任後に著した本は、日銀の内部をうかがい知るための重要な情報源であるが、本書は傑出して貴重である。
本書の特徴は、(1)日記の形式で金融政策の変更を時系列に沿って詳細に述べ、(2)言及する人物の実名をできる限り挙げ、(3)著者の評価・判断を批判的・否定的であっても極めて率直に記述していることである。
単著・共著・編著合計68冊がある著者の筆はさえ、日銀がまとう神秘のベールを引き剥がしていく。
13年4月4日に「総裁と2人の副総裁が代わっただけで、(それまで反対していた審議委員の)全員が大胆な金融政策に賛成した」のは、審議委員もサラリーマンであり、「サラリーマンは、社長がプラズマテレビを作れと言えばプラズマテレビを作り、液晶テレビを作れと言えば液晶テレビを作るだけだ」と喝破する。
量的緩和に効果がないと言っていた日銀内部のエコノミストが、総裁が白川方明(まさあき)氏から黒田東彦(はるひこ)氏に交代した途端に量的質的緩和(QQE)は効果があると言って「転向している」のは、「日銀内部のエコノミストにとって、総裁が一番のお客なのだから当然だ」と切り捨てる。
日銀の金融政策決定会合で「多くの人は持論を述べるだけで議論と言えるものにはならず」、「審議委員同士の議論がしっかりしていない」 と、お粗末な内幕をあらわにする。
「私が審議委員になったのは、日本銀行のこれまでの政策がデフレを生み出しており、それを改めて大胆な金融緩和をしなければならないと、一貫して主張してきたからだ」 と、著者は率直に自負する。
「出すぎる杭(くい)は叩(たた)かれない、抜かれてしまう、という言葉もある」 と自己の来し方を振り返るように述べた上で、後進へ励ましの言葉を贈る。
「何が起きるかなんてわからないのだから、自分が好きなように、自分が正しいと思うことをしたほうがよい。また、上司であれ他所(よそ)の偉い人であれ部下であれ、誰に対しても、質問されたことには真剣に答えることだ」
本書は日本銀行すなわち日本の金融政策を論じるために必読の文献として古典の地位を得るだろう。
(田代秀敏、シグマ・キャピタル チーフエコノミスト)
原田泰(はらだ・ゆたか) 1950年生まれ。東京大学農学部農業経済学科卒。学習院大学博士(経済学)。経済企画庁国民生活調査課長、日本銀行政策委員会審議委員などを経て現職。『日本の失われた十年』はじめ著書多数。