経済・企業 物価
インフレの脅威は消し去れない 物価統計をデジタル技術で精緻に=山岡浩巳
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インフレ率が世界的に上昇している。米国では本年1月の消費者物価前年比が7・5%と、約40年ぶりの上昇率を記録した。ユーロ圏でも、昨年12月のユーロ圏消費者物価前年比は5%と、ユーロ発足後最大の上昇となった。
かつて「経済のデジタル化が進むとインフレが起こりにくくなる」という議論もあった。
しかし現実は、インフレは依然としてリスクであり続けていることを示している。
体感では高インフレ
技術進歩のスピードが速いパソコンやスマートフォンなどのデジタル財は、売れ筋の価格帯を狙った新製品が毎年次々と投入される。物価統計上は、「技術革新により機能が向上した製品が同じ価格で売られているならば、実質的に値下がりしている」として「ヘドニック法(製品などの機能と価格との関係を統計的に分析し、機能の変化を価格に引き直す手法)」などによる品質調整が行われるため、デジタル財の統計上の価格は下落しがちとなる。これだけを見れば、デジタル化は物価を押し下げそうにも思える。
しかし、この見方は「木を見て森を見ず」だ。このような技術進歩は一方で人々の実質購買力も増加させ、いずれは支出の増加を通じて、広範な財やサービスの価格を上昇させる方向に働くはずだからである。
物価を巡っては、かねてから、(1)技術革新による個々の財の価格低下などミクロの要因を重視する見方と、(2)所得や総需要などマクロ要因を重視する見方──があるが、どちらも重要である。
両者の違いは、前者がどちらかといえば短期、後者がより長いタイムスパンで働きやすい。そして現在の世界の姿は「デジタル化がインフレの脅威を消し去るわけではない」ことを示している。
品質調整による価格低下は、消費者側では「値下げ」と実感されにくい。新製品の店頭での価格が旧製品に比べ下がっているわけではないし、旧製品がもう売っていないとか、今のソフトウエアが動かないといった理由から、必要に迫られて新製品に買い替える人も多いだろう。
したがって、デジタル技術革新がデジタル財の統計上の価格を押し下げる中にあって、なお全体としての物価指数が上昇しているのであれば、消費者の「体感」するインフレは、統計上のインフレ率を上回っている可能性が高い。
現在米国で、世論に押される形で、バイデン大統領や議会、中央銀行がインフレ抑制姿勢を強調するようになっていることは、人々のインフレ懸念がそれだけ強いことを示している。
日本の消費者物価は昨年12月で前年比プラス0・8%と、欧米に比べればなお低い。もっとも現在、昨年4月の携帯電話通信料引き下げの影響がマイナス1・5%ポイント程度下押ししている。このようなミクロの要因はやはり一時的で、この4月にその影響が剥落する点には留意が必要である。
物価指数の作成は簡単ではない。そもそも前年と全く同じ財やサービスを見つけること自体大変だが、デジタル技術革新の下、各種製品のサイクルはますます短くなっており、物価指数を作る困難さも一段と増している。
また、デジタル化に伴いネットショッピングなど新しい形の取引が増えていることも、問題を複雑にしている。
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週刊エコノミスト
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