《緊急特集》悪いのはプーチンだけか 強欲資本主義が招いた世界危機=水野和夫
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ウクライナに侵攻したロシア・プーチン大統領を見て、米国のバイデン大統領は、かつての自らの国の過ちを目の当たりにする心境に違いない。
1973年9月、チリで勃発した軍によるクーデターだ。世界で初めて自由選挙によって誕生した社会主義政権に対して、米国はチリ軍を裏側で操作して打倒。米国流の新自由主義的な政策を押しつけ、国営企業の民営化や構造改革を迫った。カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインのいう「ショック・ドクトリン」の幕開けである。
米国のご都合主義
その後、サッチャー英元首相、レーガン米元大統領、中曽根康弘元首相が実践した新自由主義路線の先鞭をつけたのだった。チリに続き、メキシコやバブル崩壊後の日本、アジア通貨危機時のタイ、韓国で同じような手口で米国は富を収奪。イラク戦争の大義名分だった大量破壊兵器はついに見つからず、世界秩序の維持、安定などまるで関係ない。米国のご都合主義なだけだ。
しかし、私にいわせれば、国際秩序が存在したことはあったが、正式な世界秩序など、この世に一度も存在したことはなかった。
近代の国際政治の基本型で、主権国家からなる国際政治体系となったウェストファリア体制は、1618年にドイツを舞台に始まった30年戦争を終結させるための同条約によって確立された。これによって国王のいない共和体制、主権国家が生まれたが、それは国内の平和・発展を保証するだけで、他国との利害調整役は不在。つまり、国際秩序は後で作ることにした暫定的な体制だった。
それから約400年、国際秩序を維持する正式な体制は確立することなく、今日に至る。18~19世紀は産業革命に成功し、世界各国に植民地を作った英国が、第二次大戦後は米国が、それぞれ非公式な「帝国」として国際秩序の維持に目を光らせる役割を担ったが、2009年に誕生したオバマ米大統領が、「世界の警察役から降りる」と宣言すると、もともと脆弱だった国際秩序のたがが完全に外れた。
中東での米国の関与がなくなれば、国際秩序の一部に真空地帯ができる。それは、国際秩序に対するアリの一穴となる。それを見逃さなかったのが、プーチンにほかならない。
14年にウクライナのクリミア半島に侵攻し、同地を奪取。今回のウクライナ侵攻で、現政権が転覆させられ、親ロシア傀儡政権ができれば、チリ・クーデターでなすすべもなかった旧ソビエトがその後解体したように、米国が主導する近代社会、すなわち「海の国」の時代が終わり、ポスト近代が「陸の時代(ロシア)」であることを決定づけることになるかもしれない。400年前からの宿題だった世界秩序を一度も確立できずにきてしまったツケを民主主義で、かつ自由を尊重する「海の国(米国)」が払うことになれば、その損失は計り知れないほど大きい。
今回のプーチンの軍事行動で、もう一つ浮き彫りになったのが、米ウォール街が主導する資本主義の本性だ。08年のリーマン・ショックで懲りたはずのウォール街は、その後の金融危機やコロナ危機でも再び金融緩和を材料に金融市場で強欲に稼ぎまくった。その一方で、持たざる者との格差は拡大するばかり。米国を筆頭に自由民主主義を標榜し、資本主義を掲げる国々で社会が分断される危機的状況下にある。
対するプーチン率いるロシアは一党独裁、権威主義体制下で、結束が乱れる民主・資本主義体制に公然と挑戦してきた。プーチンは国際秩序の実効性のなさを見透かしたかのように暴挙に出たが、西側諸国は資本のむき出しとなった暴力性に有効な対策を打ち出せないでいる。その結果、国内が1対99%に分断され、内政問題で手いっぱい。ウク…
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週刊エコノミスト
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