週刊エコノミスト Online ウクライナ戦争で知る歴史・経済・文学
《ウクライナ戦争で知る歴史・経済・文学》国際法で考えるウクライナ侵攻=森肇志
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歴史・経済・文学 国際法に照らす 国連憲章に違反したロシア 危機で試されるルールの力
ロシアによるウクライナ侵攻に関して「国際法違反」という言葉が多く聞かれる。本稿では、世界史の中の国際法という観点から、ウクライナ侵攻について考えたい。
国際法とは国際社会の法であり、主として国家相互の関係を規律する法(国際組織や個人に関わるものも一部規律する)である。
国際社会は分権的で、集権的な国内社会と違い国会のような立法機関は存在しない。そのため国際法は主に慣習法と条約からなる。国家間の合意文書である条約(憲章や協定などさまざまな名称のものがある)は、それに同意した締約国のみを拘束し義務を課す。
国際社会は法の適用や執行についても分権的である。警察は存在せず、裁判も国同士が何らかの形で合意して初めて行われる。それで“法”といえるのかと思うところだが、国際法は多くの分野で日常的に順守され実現されている。
現在につながる国際法は17世紀のヨーロッパで誕生した。近代国家が生まれ、それらによって近代国際社会が形成されるとともに、外交関係、通商関係、海洋の利用など、相互関係を調整するルールが慣習法として形成され、多くの条約が結ばれるようになった。
19世紀になると、国際法は欧米諸国間における国家間関係の拡大とともに発展していった。19世紀半ば以降は、日本を含むアジア諸国にも及ぶようになった。
20世紀以降、国際法はさらに大きく展開した。
第一に、第二次大戦後ヨーロッパなどの植民地だった地域が次々と独立し、国際法は世界中の国をカバーすることになった。
第二に、国際法による規律の対象が大きく広がった。人権の保障、貿易の自由化、地球環境の保護などが国際社会の共通の利益であると認められ、人権条約、世界貿易機関(WTO)協定、パリ協定など、多くの多数国間条約が結ばれてきている。
第三に、戦争が違法化され、戦争・武力紛争を規律するルールが具体化・整備された。
17世紀ヨーロッパで産声
戦争の惨禍をどう防ぐかは、国際法の誕生期から一貫して重要な課題であった。(1)どのような場合に戦争を行ってよいか・いけないかに関するルール、(2)戦争を行う際に何をしてよいか・いけないかに関するルール(戦争法・武力紛争法)──が発展してきた。
(1)どのような場合に戦争を行ってよいか・いけないかについて、国際法の誕生期には、「正戦論」(正しい戦争は許されるとする考え方)が論じられたが、国際社会には戦争の正不正を判定する者が存在しないため、結果として国家は戦争を行う権利・自由を持つという見解が一般化していった。
20世紀になると戦争を禁止する条約が結ばれ、戦争を違法化する動きが進んだ。第一次世界大戦後に結ばれた国際連盟規約(1919年)、不戦条約(28年)、そして国連憲章(45年)である。
国連憲章は国際関係における武力行使を一般に禁止した(武力行使禁止原則)。ただし、例外として、安全保障理事会による強制行動および国家の自衛権の行使が認められている。自衛権には、自国に対する武力攻撃を排除するための個別的自衛権…
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