経済・企業 贈賄事件
贈賄を迫られた部下に「仕方ないな」とつぶやいた取締役の罪とは?=北島純
有料記事
タイ贈賄事件で最高裁が有罪判決
日本版司法取引第1号となった三菱日立パワーシステムズ幹部社員による贈賄事件。しかし、会社が司法取引に応じたことで、内部統制の不備などは問われず、さまざまな教訓を残した。
日本企業に問う法令順守の「実質」=北島純
最高裁は5月20日、タイでの贈賄について不正競争防止法(外国公務員贈賄罪)違反に問われていた三菱日立パワーシステムズ(MHPS、現三菱パワー)元取締役A氏に対し、罰金250万円とした東京高裁判決を破棄し、高裁への控訴を棄却する判決を下した。これによって懲役1年6月執行猶予3年とした東京地裁判決が確定。日本版司法取引適用第1号として注目されていた企業犯罪は、「取締役個人の刑事責任」を断罪する形で決着した。
この事件は2015年3月、MHPS関係者による内部告発を受けた社内調査によって発覚した。MHPSは同年6月に東京地検へ自主的に情報を提供。時同じくして、日本版司法取引制度を盛り込んだ改正刑事訴訟法が16年5月、国会で可決・成立し、18年6月に制度が導入された。これを受け、MHPSが社員の不正を認めて捜査に全面的に協力する代わり、東京地検が法人としてのMHPSを不正競争防止法違反で起訴しないことで両者が合意。東京地検が18年7月、MHPSを不起訴(起訴猶予)とするとともにA氏を含む会社幹部3人を在宅起訴していた。
今回の裁判で直接の争点となったのは、贈賄工作の共謀に取締役A氏がどの程度関与したのかという点だ。タイ南部カノムにおける火力発電所の建設工事を受注していたMHPSは15年2月、資材陸揚げ用仮桟橋の建設許可を取得する際、海上運搬船(はしけ)の上限総トン数を誤って申請していたことに目をつけられ、タイ運輸省港湾支局長や海上警察幹部ら現地公務員から2000万バーツ(約7260万円)もの賄賂を要求された。
判決によれば、現地の報告を受けたMHPS本社(横浜市)の執行役員兼調達総括部長B氏と調達総括部ロジスティクス部長C氏(肩書はいずれも当時)は、工事が遅延すると1日4000万円相当の損害が発生するという試算を念頭に、陸揚げを容認してもらうという「有利かつ便宜な取り計らい」を受けるには賄賂に応じるほかないと考えた。2人が横浜市の本社で2度にわたって「相談」の場を設け、「判断」を仰いだのが、火力発電所建設プロジェクトを統括していた取締役常務執行役員兼エンジニアリング本部長のA氏だった。
A氏は仮桟橋を使わない「代替手段」の検討を指示したが、贈賄を積極的に止める指示は出さず、「仕方ないな」とつぶやいたとされる。B氏、C氏は贈賄の事実を認めて東京地裁の有罪判決が確定しているが、A氏は謀議には加担していないとして無罪を訴えていた。1審の東京地裁は19年9月、A氏が「共謀共同正犯」(共謀に加担すれば犯罪を直接実行していなくても共同正犯になること)に当たるとして有罪を言い渡した一方、2審の東京高裁は20年7月、「ほう助犯」(犯罪の実行を手助けすること)にとどまるとして罰金250万円に処した。
最高裁は今回、A氏に「業務上の実質的な意思決定権限」があることを重視して共謀共同正犯を認定した東京地裁判決を「正当」とし、東京高裁判決を破棄した。国内初となる司法取引案件で、「ほう助犯」ではなく「共謀共同正犯」を確定させる最高裁判決が下されたことは、法務検察の面目を保つことになった半面、日本企業の取締役の監督責任およびコンプライアンス(法令順守など)体制確保整備の観点からは重い課題を残したともいえる。法人としてのMHPSの起訴が見送られたことで、具体的な内部統制の不備やコンプライアンス体制の欠陥などは公判廷では詳細に問われなかったからだ。
司法取引で責任転嫁?
そもそも、司法取引制度は、犯罪の被疑者や起訴された被告人が「他人」の刑事事件の捜査・公判に協力するのと引き換えに、自分の事件を不起訴または軽い求刑にしてもらうことなどを合意する制度である。個人・法人の区別はないが、その主たる狙いは、反社会的勢力の特殊詐欺や薬物・銃器、企業ぐるみの贈賄や脱税などの組織犯罪において“黒幕”や“ボス”を摘発することであり、無理な取り調べに依存せず、証拠収集を多様化する手段として導入された。
日本版司法取引制度はこれまでに今回のMHPS事件を含め…
残り2213文字(全文4013文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める