マーケット・金融 ジャクソンホール
「70年代を知らない子供たち」と40年ぶりのインフレの手ごわさは景気後退を招くのか=荒武秀至
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ジャクソンホールで「40年前のインフレを知らない子供たち」にくぎを刺したパウエルFRB議長。しかし市場には届いていないのではないか。
パウエルFRB議長が鳴らした覚悟の警鐘
米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は8月26日、経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」で冒頭から「本日の私の話は短く、焦点を絞り、メッセージは直接的」と切り出した。
「物価安定を回復するには時間がかかり、需給バランスを整えるために力強い金融引き締めを続ける必要がある」「金利上昇、成長の減速、労働市場の軟化がインフレを抑制する一方、家計と企業には痛みをもたらす。これは不幸だがインフレ抑制に伴うコストだ」と述べ、インフレを完全に封じ込めるまでは強力な利上げを続ける姿勢に、株式市場は動揺した。
8月26日のニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は前日より1008.38ドル安の3万2283.40ドル、ナスダック総合指数も497.56ポイント安の1万2141.71に急落した。
NYダウ工業株は年初の最高値3万6799.65ドルから6月17日の年初来安値2万9888.78ドルまで下落したが、その後は下落幅の半値戻し3万3344.21ドルを回復、8月16日には3万4152.01ドルまで反発していた。だが、この株価反発がパウエル議長には気に入らなかったようだ。というのは、「今後はFRBが金融引き締めの手綱を緩め、来春には利下げに転じる」との誤った楽観を市場が抱いたことが株高を支えていたからだ。
勇み足の投資家
7月27日の連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で、確かにパウエル議長は「金融引き締めをさらに進めたら、どこかの時点で利上げペースを緩めることはあるかもしれない」と発言した。
だが、この直前に「景気も労働市場も強すぎるので今後も利上げ継続が必要」との説明をしてから、これを付け足したのに、市場は勝手に早期緩和観測へかじを切ってしまった。この“良いとこ取り”を戒め、インフレ抑制が最優先で、そのためには追加利上げが不可欠で、その結果として景気が若干痛むことはやむなしというメッセージを発することが、今回のジャクソンホール会議の目的だった。
ではなぜ、市場の認識とFRBの政策にこれほど大きなギャップが生まれてしまったのだろうか。
原因は二つある。まずインフレを経験したことのない投資家の成功体験がある。
現在の高インフレは40年ぶりなので、大多数の投資家は高インフレを封じ込めるために高金利政策や通貨供給量の絞り込みを行った1970年代を知らない。他方、90年代以降のグローバル化の時代は、国内で不足したら海外からの輸入で代替でき、世界的な大競争時代とインターネットの普及により廉価で高品質なものだけが選好されるようになった。
こうして物価安定が常態化すると、金利は40年間の低下基調、景気拡大も長期化した。1854年から石油危機までの景気拡大期30回は平均2年9カ月であったが、石油危機以降のディスインフレ期の景気拡大期4回は平均8年6カ月に伸びた。米不動産価格が暴落したリーマン・ショック後から…
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週刊エコノミスト
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