週刊エコノミスト Online 歴史に学ぶ 戦争・インフレ・資本主義
香港ドルの行方が占う国際通貨体制の将来 長谷川克之
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自国通貨買い・米ドル売り介入に追われる香港。米国が利上げにまい進し、自らドル離れを加速させる構図は、ドル基軸通貨体制を問い直すことになりそうだ。>>特集「歴史に学ぶ 戦争・インフレ・資本主義」はこちら
米ドル独歩高と米中対立が米ドルの地位を崩しかねない
アヘン戦争敗北により、1842年に中国清朝から英国に割譲された香港。第二次世界大戦中は、日本の占領統治下に置かれたこともある。1997年の中国返還後は、資本主義と社会主義が併存することになったが、その「1国2制度」が揺らぎつつある。香港ドルの行方は国際通貨体制の先行きを占う試金石としても注目される。
急減する香港の外貨準備
40年ぶりの高インフレに見舞われ、ほぼ過去最速ペースの利上げ、未体験ゾーンに入った量的引き締め(QT)を続ける米連邦準備制度理事会(FRB)。米国の金融引き締めが歴史的なドル高を招き、グローバル金融市場を揺さぶっている。米金利上昇とドル高のあおりを受けている通貨に香港ドルがある。
香港の外貨準備高は2022年9月に前年同月から757億ドルも減少、変化率はマイナス15.3%にも及んだ(図)。香港は中国、日本、スイス、インド、ユーロ圏、台湾に次ぐ世界有数の外貨準備を誇るが(順位は8月時点、除くロシア)、足元の減少率は90年代後半のアジア通貨危機時を上回り過去最大となっている。外貨準備の歴史的な減少は、保有外国証券の価格下落に加えて、米ドル売り・香港ドル買いの為替介入の結果でもある。香港ドルは米ドルにペッグ(連動)しており、1米ドル=7.75~7.85香港ドルの許容変動幅の下限での推移を強いられている。
香港は正式にはカレンシーボード(CB)制という通貨制度を採用している。CB制は①外国通貨に対する固定相場制、②当該外国資産の保有による自国通貨に対する裏付け、③外国通貨に対する無条件での兌換(だかん)、④法律による制度維持──を特徴とする制度である。
現在でこそ採用国は10余りに過ぎないが、第二次世界大戦前後には50弱もの国で採用されたこともある。実は、その大宗は英国を宗主国とする旧植民地だ。CB制はそもそも英国が世界の覇権を握り、英ポンドの基軸通貨時代に生まれた旧植民地の従属的な通貨体制である。
香港は通貨面でも国際秩序の変化に翻弄(ほんろう)されてきた歴史を背負う。1935年以前は銀本位制を採用していたが、35年に銀に連動するCB制を採用した。39年に固定対象を銀から英ポンドに変更するものの、CB制は41年から45年には旧日本軍の占領統治によって停止される。第二次世界大戦後、再度CB制を導入するも、英ポンドの凋落(ちょうらく)に伴い、72年に固定対象を米ドルに切り替えた。
しかし、米ドルの変動相場制移行に伴い、CB制もあえなく崩壊、香港も74年に変動相場制に移行した。現行の3度目のCB制は英国…
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