投資・運用

NISA大幅拡充「強行」の内幕 反発封じた二つの“力業”とは 川辺和将

昨年11月、資産所得倍増分科会の会合に臨む岸田文雄首相(左から2人目)
昨年11月、資産所得倍増分科会の会合に臨む岸田文雄首相(左から2人目)

 非課税制度の大幅拡充がまとまるまでの間、永田町、霞が関、金融業界の間で何が起きたのか──。騒動の経緯を振り返る。

>>特集「NISA徹底活用術」はこちら

「NISAの抜本的拡充・恒久化を行う」

 昨年12月、与党税制改正大綱はそう記し、新しいNISA制度の具体像が固まった。しかし、そこに至るまでにはさまざまな紆余(うよ)曲折があった。「金持ち優遇」の批判を恐れる政府内にはもともと制度拡充に慎重論が根強く、金融機関の複雑な口座管理システムを期限内に改修するハードルも立ちはだかった。一時、拡充案は骨抜きになるという見方も広がったが、過去に例を見ない二つの“力業”により、大幅な税収減につながりうる制度の恒久化が強行されたのだ。

税調会長の「一般枠嫌い」

 恒久化の機運が高まったのは昨年5月。岸田文雄首相が英国での講演で、制度の「抜本的拡充」を電撃表明した。金融庁と事前のすり合わせはなく、「まさか官邸サイドから拡充案が飛び出すとは予想できるはずもなく、驚天動地の出来事だった」(金融庁職員)。

 現行のNISAは時限措置であり、いわば期間限定キャンペーン。国民が長期的な資産形成に安心して利用できるようにするため、金融庁はこれまで税制改正要望を通じてNISAの恒久化を再三求めてきたが、政府はそのたびに退けてきた。

 ネックとなっていたのは、現行制度で年間120万円まで株式や投資信託を購入できる「一般NISA」(一般枠)の存在だ。

 政府にはかねて「富裕層が短期売買目的で一般枠を利用しているのではないか」と疑念があった。庶民の長期的な資産形成を後押しする理念に反する利用実態があれば、「国がNISAを拡充して金持ちを優遇するのはおかしい」と批判が噴出しかねない。政府関係者は「特に宮沢洋一・自民党税制調査会長の『一般枠嫌い』は有名。その壁を乗り越えない限り恒久化は困難」と話す。官邸の一声で容易に話が進むほど、制度拡充は簡単ではなかった。

 一方、金融機関の多くは一般枠拡充を強く待望し、宮沢氏とは真逆の立場だった。というのも、投信を少額ずつ購入できる「つみたてNISA」(つみたて枠)は投資家の人気が高い半面、「事業者にとってビジネス上のうまみは全くなく、投資家の裾野拡大という恩恵にあずかるのも楽天、SBIなど一部の有力ネット証券に限られる」(証券会社の幹部)。それに比べ、事業者にとっては一般枠のほうが「ドアノックツール」(見込み客と接点を作る商品)として位置づけやすく、相対的に重要視しがちだ。

 日本証券業協会は岸田首相の講演後、「制度恒久化が既定路線になった」という情報を内々につかんだ。それを受けて昨年7月、NISA拡充策に関する提言書を公表。年間投資額を拡充する「例」として、つみたて枠を60万円、一般枠を240万円に引き上げる案を示した。

 日証協の提言に対し、金融庁の中堅幹部は「つみたて枠が現行の1.5倍に対し、一般枠が2倍という拡充幅は“悪目立ち”しかねない」と懸念したという。

新旧制度の分離という奇策

 ただ、制度改正には業界の協力を仰ぐ必要があり、政権の意向とどうバランスを取るのか腐心するところだ。同庁は翌月公表した税制改正要望でつみたて枠を中心に据える新たな制度案を打ち出した上で、一般枠の名称を「成長投資枠」と改め、企業への資金供給という大義を添えた。

 次の問題は事業者側の反発を…

残り1259文字(全文2659文字)

週刊エコノミスト

週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。

・会員限定の有料記事が読み放題
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める

通常価格 月額2,040円(税込)

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事