停戦に向け、ロシアに“逃げ道”を、日本は仲介を 東郷和彦
有料記事
戦車の供与は悲惨な「兄弟殺し」をエスカレートさせる。終戦の難しさを知る日本だからこそ、停戦を粘り強く仲介すべきだ。
>>特集「ウクライナ侵攻1年」はこちら
ロシアによるウクライナ侵攻からの1年間で最も大きな転換点は、ウクライナのゼレンスキー大統領が「クリミア半島を含め、全領土を取り返す」と公言し、そのための行動をとり始めたことだ。ロシア側から見れば「完敗しろ」という意味となり、これは絶対に受け入れられず、このままでは果てしない戦争が続くことが宿命づけられてしまった。
クリミア半島は、2022年2月24日の侵攻開始時、ロシアの実効支配下にあった。その上で、トルコで開催された3月29日の停戦協議の場において、和平に向けたウクライナ側からの提案が出された。クリミア半島や親ロシア派勢力が実効支配する東部ドンバス地方(ドネツク、ルガンスク両州一帯)の問題を武力で解決せず、クリミアの地位は「15年にわたって両国の交渉を行う」とし、加えて、北大西洋条約機構(NATO)加盟を諦め、条件付きではあるが中立化を受け入れるとした。
しかしながら3月末にロシア軍が首都キーウ(キエフ)から撤退したあと、近郊の街ブチャで市民の虐殺が報道された。これを機に、提案は白紙、交渉は中断となり、ウクライナがより強い武器の供与を求め、西側は「エスカレートに気を使っている」と言いつつも、結果的には供与する流れが一貫して続く。8月9日には、クリミア半島のロシア軍航空基地がウクライナ軍のミサイルで攻撃を受け、23日にはゼレンスキーがクリミアを含む全領土奪還を掲げた。
ではロシアがどうしたか。9月21日に30万人の部分動員をかけ、30日にドンバス地方2州に加え、ザポロジエ、ヘルソン両州を加えた4州の併合手続き宣言を行った。プーチン露大統領からすれば、「ロシア系ウクライナ人の保護」を自分でやるという最大限の対抗措置という意味合いを持つ。クリミア半島やドンバス地方は特に彼らが多く住む。前述した停戦へ向けた条件のうち、いわゆる“15年の棚上げ”は、彼らの保護につながる。東部の地域でウクライナ軍が奪還した場所の対露協力者の人たちがどうなったか、これは米英の報道では一切出ていない。
ロシアを「見切った」ドイツ
他方、侵攻からの1年間でもう一つの決定的な転換点といわれるのが、今年1月25日に表明された、独米がその最先端戦車、ドイツは「レオパルト2」、米国は「エーブラムス」の供与を同時発表したことだ。特にこのことは、ドイツがロシアを見切った、ということを意味する。結果、NATOの重心が変わった。ちなみに供与の前段には、独露間をつなぎ、両国の経済発展を築いてきたガスパイプライン「ノルドストリーム1、2」の4本のうち3本が9月26日に爆破されたという事件があった。米国(ウクライナ)が表明してきたノルドストリームに対する強い警戒感が想起される事件だった。
なにより、第二次世界大戦は、米露が手を組み、ドイツと戦った戦争でもある。独露ともに、その記憶は簡単にはなくならない。加えて、旧東ドイツを経験したメルケル前独首相は、ロシア、つまりプーチンを過度に追い詰めないような慎重さを持ち得ていた。
しかし今のドイツにその世界観は見受けられない。戦車供与で、ドイツの比重が増したNATOとの代理戦争という、より危険なフェーズに移った。戦車の次はミサイル、戦闘機と武器のレベルがエスカレートする可能性がある。一方の戦力拡大は、他方の疑心暗鬼をまねき、戦力拡大をまねく。止めるには対話しかない。ところがその対話の道筋が立っていないことが最も憂慮されることだ。
ただし両国の歴史から見てもロシアはウクライナに核兵器は使わないだろう。つまり核を使わない限りでの武器のエスカレーションと長期化だ。その意味するところは、もっと人が死ぬ、ということ…
残り1676文字(全文3276文字)
週刊エコノミスト
週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める