脱炭素で巨額投資を生む米インフレ抑制法にトランプ派が揺さぶり 上野貴弘
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米バイデン大統領の公約であるクリーンエネルギーへの大規模投資は、日欧の企業も巻き込みながら実現へ進んでいる。ただ、共和党の反発により不透明感も漂う。
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「フィニッシュ・ザ・ジョブ(仕事をやり遂げる)」。4月25日に来年の米大統領選への出馬を表明した民主党のバイデン大統領は、このスローガンを掲げた。
バイデン氏が就任後の仕事として頻繁に言及するのが、昨年8月に成立した「インフレ抑制法(IRA)」である。IRAは、再生可能エネルギー発電、電気自動車(EV)、水素製造、バイオ燃料、炭素回収・貯留(CCS)などの脱炭素化への民間投資を税優遇で支援する法律であり、バイデン氏が2020年の選挙で公約したクリーンエネルギーへの大規模投資を実現するものだ。議会審議の中でインフレ対策と位置付けられ、この名称となったが、実態としては“脱炭素投資法”である。
EV、蓄電池が急伸
IRAのインパクトはすさまじい。特にEV・蓄電池の製造とそのサプライチェーンへの民間投資が急伸しており、IRA成立から8カ月で、440億~556億ドル(5.9兆~7.4兆円)分の投資計画が発表された。また、中国がグローバルな供給の大半を占める太陽光発電設備の製造も、この8カ月で50億ドル(6650億円)分の投資計画が発表され、米国回帰が進む。製造業への投資に加えて、製造された設備を用いる発電所への投資計画も加速しており、積算すると1500億ドル(20兆円)に達するという(表)。計画全てが実現するとは限らないものの、既に巨額であり、今後も増え続ける。
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これらは米国での投資だが、実は投資計画は外国企業によるものも多い。日本企業もEVや蓄電池の工場への投資を発表している。
外国企業が米国に投資する理由の一つは、税優遇に課している原産国要件である。例えば、EVの税優遇は、①北米での最終組み立て、②「蓄電池で使用する重要鉱物」の一定割合を米国、または米国と自由貿易協定を締結している国で抽出・処理すること、③「蓄電池の部品」の一定割合を北米で生産すること──を要件としている。再エネ発電の税優遇にも、発電設備に使用する鋼材と製品の一定割合が米国産である場合、優遇措置を上乗せする仕組みがある。蓄電池、風力タービン、太陽光パネルの部品生産にも税優遇がある。つまり、米国で製造することで有利な条件を得られるのである。
したがって、多国籍企業にとって、米国投資は合理的な経営判断となる。他方、外国政府から見れば、米国に成長産業を吸い取られることを意味し、座視できない。
特に、欧州連合(EU)は反発を強めた。昨秋以降、米国政府との協議を重ね、3月10日に、重要鉱物に関する協定の交渉を「開始」すると発表した。EUで抽出・処理した重要鉱物を、②の要件に算入することが狙いである。
これに対し、日本政府の動きは巧みだった。米・EUの発表から間もない3月28日、「日米重要鉱物サプライチェーン強化協定」に「合意」したのだ。これにより、日本は一足先に②の要件について「自由貿易協定を締結している国」と見なされることになった。
しかし、これだけでは、日本企業のEVが税優遇を受けるのに十分ではなかった。米国政府が4月17日に発表した優遇対象の車種リストには、外国企業の製品は、米国工場で組み立てる車…
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週刊エコノミスト
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