日本が人民元決済を迫られる日は来るのか 中北徹
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ドルは平時も金融危機時も卓越した地位を誇る。しかし、米国に批判的な国々が対中貿易の決済に人民元を導入する可能性がある。
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基軸通貨ドルの地位は揺らいでいるのか。この問いに答えるには、何をもって「揺らぐ」とみるか、ドルがいつまで基軸通貨であり続けるのか、背景のどんな要素が重要なのかといった点を具体的に指摘しなければならない。
結論を述べると、ドルに有利な条件とメカニズムが作用している限り、基軸通貨としての地位がただちに低下するとは考えにくい。逆にいえば、米国の失態から人民元がドルを代替する機会が生まれる可能性が高い。覇権通貨の交代は複雑系のゲームであって予測しがたい側面がある。しかし、米中対立のはざまに置かれた日本は、人民元が東・東南アジアやロシアなどユーラシア地域で事実上の基軸通貨として認知される可能性を警戒し、戦略的に行動することが肝要だ。
基軸通貨としての卓越した地位をいったん獲得した通貨には、著しい優位性が持続的に作用することが知られている。ドルは米国が直接介在しない第三国間の貿易や投資などの決済に広く使われ、外為市場で大量に取引されている。直接取引できない二つの通貨の銀行間取引を担う「媒介通貨」の役割を果たすことから、基軸通貨であるとみなされている。
国際決済銀行(BIS)の資料によると、2022年4月現在、世界の外国為替市場での通貨別取引シェアの約88.5%がドルと別の通貨の組み合わせだった(通貨取引の合計は200%となる)。ドルの優位性は米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策や米国の財政規律に対する信頼性の高さといった米国の国家信用に起因すると考えてよい。それに加え、決済機構はもちろん、格付け、会計・税務・弁護士、人工知能をはじめとする金融情報技術など、自由・透明で巨大な米国市場を背景としたドルを扱うための金融サービスは他国の追随を許さない。
それらの仕組みが米ニューヨークの金融取引センターのほか、欧州・アジア・中東などの「ユーロダラー市場」(ドルを取引する米国外の市場)を含め、世界に重層的につながって効率的で多様なドル市場の強みを一層強固にしてきた。米国外の人々がドルの便宜性に着目して使い出すと、利用の輪が次々に広がる好循環と市場の外部性が作用し、ドルは圧倒的な競争力を持つようになった。もはや後戻りしない、強固な世界標準として卓越する地位を獲得したのだ。
信用度問われるユーロ
この説明は平時のドルについてだが、危機時もドル取引の優位性が底流で作用する事実が観察された。リーマン・ショック前後の金融危機(2007〜08年)では、米国の金融システムが機能不全を起こしたにもかかわらず、米国外の金融機関がドルを入手できなくなるという流動性の危機が発生した。危機に直面した世界中の金融機関はドルを猛烈に欲しがってドルを…
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週刊エコノミスト
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