国際・政治 中国危機 

悪化する年金財政 中国経済の重しに 三浦有史

トランプを楽しむ中国の高齢者ら。暮らしを支える年金財政は悪化の一途をたどっている Bloomberg
トランプを楽しむ中国の高齢者ら。暮らしを支える年金財政は悪化の一途をたどっている Bloomberg

 中国では年金財政の悪化が深刻な問題になりつつある。

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 中国の少子高齢化が想定を上回るスピードで進んでいる。政府のシンクタンク「社会科学院」は、公的年金保険の一つである「都市職工基本年金保険」の積立金が2035年に底を突くと予測する。

 中国では、60歳以上の高齢人口が増え続け、55年ごろにピークを迎える(図1)。ピークが予見されるのは、年金財政の持続性という点から朗報であるようにみえるが、高齢者を支える現役世代の人口がそれ以上に減少するため、15〜59歳の生産年齢人口に対する60歳以上の人口の比率である「高齢者扶養率」は80年ごろまで上昇を続ける。年金財政が時間の経過とともに、長期にわたって逼迫(ひっぱく)の度合いを増すのは間違いない。

 この問題が懸念されるのは、「職工」と呼ばれる国有企業や大規模民営企業の就業者を対象とする都市職工基本年金保険である。公的年金保険の一つである同保険は、財源を保険料から賄う賦課方式と個人積み立て方式を合わせた設計で運営されているため、高齢者扶養率が上昇すると年金財政は必然的に悪化する。冒頭で紹介した社会科学院は、都市職工基本年金保険の積立金は26年に6兆9875億元(約140兆円)とピークに達するものの、わずか8年で底を突くと予測する。

 年金財政悪化は、労働力の流出と出生率の低下により高齢者扶養率が急速に上昇した中国東北部の黒竜江省で既に顕在化している。同省では、13年から同基金の支出が収入を上回るようになり、16年に積立金が底を突き、残高がマイナスとなった(図2)。これは中国の都市職工基本年金保険の近未来を映す鏡といえる。

 政府は年金財政の逼迫を見越し、いくつかの改革に取り組んでいる。その一つは、「中央調整システム」の確立である。同システムは、地方政府レベルで管理されている年金制度を統一し、地域によって異なる年金支出拡大のリスクを中央政府がまとめて管理することで、年金財政全体の健全性を保とうとする制度である。

 もう一つは、定年の延長である。政府は、中国東部の江蘇省を試験地域に指定し、22年3月から定年退職年齢の延長により都市職工基本年金保険の受給開始年齢を引き上げるとした。

政府の調整も難しく

 しかし、これらの改革により年金財政の健全化が進むとは考えにくい。中央調整システムは実は4年前に打ち出されており、実効を伴わない政策群の一つとなっている。同システムは、積立金が順調に増加している地域による年金財政が悪化した地域の救済という側面がある。前者では給付額が抑制されかねないため、習近平政権といえども調整が難しく、簡単に進めることはできない。

 また、江蘇省の定年延長がどこまで広がるかも疑わしい。延長期間は最短1年で、かつ、延長は一律ではなく、あくまで本人の自由意志に基づき、会社が同意した場合に限られるなど、対象範囲が限定される。背景には、定年延長が実質的な給付額の削減と受け取られていることがある。過去の世論調査をみると、定年延長に反対する意見は6〜9割に達し、やはり一挙には進められない。

 中国政府は、年…

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週刊エコノミスト

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