国際・政治 絶望のガザ

虐げられた人々の反乱 欧米列強よ「恥を知れ」 福富満久

攻撃を受けたガザ地区で、負傷した子供の搬送を急ぐ大人たち Bloomberg
攻撃を受けたガザ地区で、負傷した子供の搬送を急ぐ大人たち Bloomberg

 パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが10月7日に行ったイスラエルへの大規模テロに対し、イスラエルがいよいよ地上侵攻を始めた模様だ。ガザ地区の保健当局は、イスラエル軍の執拗(しつよう)な爆撃によりこれまでに1万人以上が死亡したとしており、イスラエルとパレスチナ双方の死者は、合わせて1万1000人を超えた模様だ(11月6日時点)。イスラエルと敵対するイランからの支援があるレバノンとシリアに対してもイスラエルは攻撃しており、状況は悪化の一途をたどっている。

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 中東の主要メディア・アルジャジーラによると、ガザ地区では1万回もの爆撃を受け、48%の住居が破壊されたという。少なくとも60万人が家を無くし、病院にも電気が供給されておらず、子供たちは麻酔がないまま手術を受けていると報じられている。犠牲者の半数は子供だということだ。

蔑みの大地

 パリ政治学院で長く教鞭(きょうべん)をとってきた国際政治学者ベルトラン・バディ氏は、筆者が訳者として関わった著書『蔑(さげす)まれし者たちの時代』(東信堂、2023年12月刊行予定)で、中東・北アフリカの地域全体がずっと蔑みの対象だったと説明する。

 彼は、近年の国際政治上のさまざまな問題は、それを中心となって動かしてきた者たちが自分のいいように法を行使し、欲望、憎しみ、偽善、無関心など、さまざまな形の「蔑み」の対象とした結果だと言うのだ。筆者もその考えに賛同する。「蔑み」とは、国際関係というゲームを構成する鍵を握る概念であり、現実問題として今もなお大きな影響を及ぼしているものである。

 パレスチナは、1993年のオスロ合意によって初めてイスラエル側が正式にその存在を認めた「領域」だが、世界で最も蔑まれた土地でもあった(年表参照)。1948年に建国したイスラエルに対し、パレスチナの抵抗運動がパレスチナ解放機構(PLO)によって本格的に組織されていくのは60年代のことである。

 それまで今のパレスチナがある場所はヨルダンの領域であったが、67年の第3次中東戦争でイスラエルがヨルダン川西岸も併合、以降パレスチナの土地はヨルダンから切り離され、事実上イスラエルの占領地となった。国がないことをいいことにイスラエルは西岸地区にも堂々と入植を進めた。国際社会はイスラエルの国際法違反を見て見ぬふりをしてきた。

 そもそも出発点から英仏など列強に好きなように切り分けられ同地に住むアラブ人たちは蔑まれてきた(「欧米にじゅうりんされ続けてきた中東」参照)。現在パレスチナは、イスラエルと徹底抗戦を唱えるガザ地区を本拠とするハマスと、入植が進んでいる中でもイスラエルと2国家並存を模索する自治政府の間で、2006年以降、事実上分裂してしまっている。

 近年和平の話し合いが進展しなかったのは、それを逆手にとってイスラエルが「ヨルダン川西岸とガザ地区の二つの窓口に分かれているパレスチナと和平交渉などできない」と主張し、分裂を利用してきたからである。

所得格差は数十倍

 この分裂をさらに利用したのが、米国のトランプ前政権である。

 18年5月、トランプ政権(当時)は通常、首都に置く大使館をテルアビブからエルサレムに移設した。だが、エルサレムはパレスチナも首都であると主張しており、一方的な首都の宣言は国際社会からどちらも認められていなかった。パレスチナのアッバス議長は「侮辱だ」と強く抗議、当時も大きな暴動が起きていた。

 もう一つが「アブラハム合意」である。アブラハム合意とは、トランプ前大統領が主導して、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンなどのアラブ諸国とイスラエルの間で20年9月に結んだ国交回復と和平と経済交流の促進を宣言した協定を指す。締結時にイスラエルが約束していたのが、占領下のパレスチナ地区への入植計画を中断するということであった。

 結局、アブラハム合意調印式から3年が経過した今、最大のメリットを得たのは、UAEやバーレーン、そして米国であった。UAEやバーレーンは石油経済からの脱却が至上命令であった。人工知能(AI)や情報技術(IT)、化学・薬品分野に長(た)けているイスラエルとの協力関係は次世代の脱エネルギー立国を目指す両国にとって願ってもないチャンスだった。実際にUAEのイスラエルとの貿易額は3年間で13倍に急増した(『日経新聞』9月13日付)。

 米国にとってもイスラエルとの防衛上の問題から最新鋭の武器やステルス戦闘機をこれらの国に売れなかったが、それも問題なく売れるようになった。

 結果的に最も割をくったのが、パレスチナである。パレスチナへの入植中断の合意はイスラエルにほごにされ、仲間であるはずのアラブ諸国(UAE、バーレーン)にも裏切られてしまった。イスラエルは今もパレスチナ領内に入植を続け、今となってはパレスチナ自治区の内部の8割の土地もイスラエル入植者に押さえられているという見方もある。

 22年の1人当たり国内総生産(GDP)でみると、ガザ地区は1257ドル(約19万円)、ヨルダン川西岸地区で4458ドル(約67万円)、これに対してイスラエルは5万4660ドル(約820万円)と数十倍の開きがある。

 そのため、パレスチナ人たちは自治区からイスラエル領内に出稼ぎに行かざるを得ないほど生活に困窮しており、完全に見下された存在となっている。パレスチナ人は長時間にわたってブラックリストに載っていないか、危険物を所有していないかを検査されて入域が許される)。その一方で、イスラエル人の行き来は自由である。

戦争犯罪

 戦闘が始まっていち早くバイデン米大統領は、「どのようなことがあっても米国はイスラエルと共にある」と表明し、世界中から猛反発を受けた。10月25日に開催された国連安全保障理事会の緊急会合で、人道的な観点から無条件の戦闘停止と、アラブ諸国からの要請によりイスラエルのガザ北部からの即時撤退が協議されたが、米国はイスラエルにも「自衛権がある」と拒否した。

 だが、イスラエルがやっ…

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