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教養・歴史 現代資本主義の展開

半世紀前に小宮氏が日本の経済学界に抱いた強い疑念とは――論文連載を終えて 浜條元保

 先週号まで19回にわたって小宮隆太郎の『現代資本主義の展開─マルクス主義への懐疑と批判』を掲載した。創刊100周年企画としてなぜ、再び取り上げたかを記したい。

>>連載「現代資本主義の展開」はこちら

「現代資本主義は今後どのように発展してゆくのだろうか──」

 淡々と始まる、この論考を私が初めて目にしたのは小宮隆太郎が亡くなった2022年10月、追悼特集のための準備に着手した時だった。読み進めるうちに近代経済学者として並々ならぬ覚悟と経済学、日本の経済・金融・産業界に対する危機感が伝わってきた。掲載されたのは本誌1970年11月10日号。40ページに及ぶ論考だった。

宇沢弘文を圧倒

 小宮が東京大学経済学部に入学したのは1949年。当時の経済学部はマルクス経済学が「主流派」だった。戦後、西側諸国の一員として歩み始めた日本の主要大学でマルクス経済学が主流派を形成するというのは異例のことだ。

 これは戦時中の厳しい思想弾圧が影響していた。戦時中に大学を追われた大内兵衛や有沢広巳といったマルクス経済学系の大物が東大に復職していたからだ。近代経済学(新古典派)は非主流派に追いやられた。

 小宮が近代経済学の道に進むきっかけは、木村健康との出会いだった。木村は古谷弘や、館龍一郎ら少数派の近代経済学者だった。木村は恩師である河合栄治郎の出版法違反(河合裁判)の法廷で、弁護人として河合の無実潔白を主張し続けた。その様子を裁判官として見守った石坂修一の息子である昭三と小宮が旧制東京高等学校(東高)時代の級友だった。石坂邸に出入りした縁で父・修一から「経済学部に入ったのなら、木村のところで勉強するのがよかろう」と勧められ、推薦状を書いてもらう。

 経済学部1年から木村ゼミへの参加を許され、その後古谷ゼミにも出入りするようになった小宮はむさぼるように学んだ。「ジョン.R.ヒックスの『価値と資本』を使った大石ゼミの外国籍講読には特に熱が入った」と振り返っている(小宮隆太郎『経済学 わが歩み』)。

「東大の経済学部にはできる人がいますね」。小宮と同じ1928年生まれの宇沢弘文が、特別研究生として講義する小宮の姿に圧倒されたエピソードを宇沢の評伝(『資本主義と闘った男』)を書いたジャーナリストの佐々木実が紹介している。当時の宇沢は数学から経済学に転向し悪戦苦闘していた時期。小宮の講義(ワルラスの一般均衡理論)は、衝撃的だった。

 小宮との出会いをきっかけに、宇沢は米経済学者ケネス・アローの招聘(しょうへい)を受け米国に留学。本場で数理経済学を極める。小宮とともに日米で活躍し、戦後日本の近代経済学をけん引する学者となる。

反論がなく、拍子抜け

「通念の破壊者」と評された小宮は、「経済学という学問は、理論を習っても実際にそれを使えなければ意味がないと私は思う。現実の経済に対して理論を使うことは、経済学を理解するうえでもとても重要だ」(前掲)と記している。

 1960年代後半、国際収支の黒字傾向が顕著になり、円に上昇圧力がかかる中、円切り上げを回避しようとする政府に対して、切り上げ論を学者有志を集めて提言。政財官界で「円切り上げ論」がタブー視された時代である。また、戦後最大級のM&A(企業の合併・買収)である八幡製鉄と富士製鉄の合併に、独占禁止法や産業政策の観点から約90人の学者を集め反対の論陣を張った。

「1959年、3年間の米国留学を終えて東京大学に戻った小宮隆太郎は、日本の経済学界の現状に強い疑念を抱いた」と、ジャーナリストの前田裕之は振り返る。

「マルクス経済学の全盛期であり、東大ではカール・マルクスの『資本論』やルドルフ・ヒルファディングの『金融資本論』などを教材にしている教員が多かった。講義の内容は、日本経済が直面する問題や経済政策とはほとんど関係がない。経済理論と現実の経済問題が…

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