法務・税務

ご用心を 暗号資産の“うっかり申告漏れ”に“うっかり脱税” 坂本新

価格が高騰しているビットコイン Bloomberg
価格が高騰しているビットコイン Bloomberg

“稼げる”暗号資産への調査は、もはや全方位作戦だ。投資へのハードルも下がる中、急騰後の現金化で「うっかり脱税」でもしてしまった日には、代償も大きくなる。

>>特集「税務調査 完全復活!」はこちら

 暗号資産(仮想通貨)取引に対する税務調査が年々強化されている。国税当局は、ここ数年は「ADA(エイダ)」など急騰した特定の暗号資産取引を狙う傾向もあったが、代表格であるビットコインが大幅に価格上昇し、暗号資産投資のハードルも大きく下がった今、全方位で税務調査に臨んでいると考えておかしくない。「うっかり申告漏れ」はおろか、「うっかり脱税」でもしてしまえば、その代償はとてつもなく重くなるため、暗号資産の投資家は申告・納税に細心の注意が必要だ。

 暗号資産の取引口座の情報は、税務署がしっかり捕捉している。まず、2020年度の税制改正で導入された暗号資産のデリバティブ取引に関する法定調書だ。暗号資産の証拠金取引について、個人などに支払いが行われた場合、国内の暗号資産取引所に対して誰にいくら支払ったのかを所轄税務署に提出させるもので、個人に対してはマイナンバーも要求されている。現物取引には法定調書は導入されていないが、取引所を調査すれば取引情報は容易に入手できる。

 加えて、各国の税務当局との間で、非居住者の金融口座情報を自動的に交換する仕組みもある。外国の金融機関などを利用した国際的な脱税及び租税回避に対処するために経済協力開発機構(OECD)が策定した、CRS(Common Reporting Standard=共通報告基準)情報を使うもので、日本を含め106の国と地域が参加している。つまり日本の居住者で外国に銀行口座を保有する者は、国家間で口座情報を共有される。

効率的に“稼げる”対象

 国税庁によると、2022事務年度(22年7月〜23年6月)の暗号資産取引に対する税務調査件数は615件、申告漏れ所得金額は189億円といずれも前事務年度を大きく上回った(図1)。1件当たりの追徴税額は1036万円で、これに無申告加算税、重加算税、延滞税を含め、さらに住民税を加えると、税務調査を受ければ約2000万円を追徴課税される。

 国税当局にとって暗号資産取引は、効率的に“稼ぐ”ことができる調査対象だ。例えば、富裕層に対する税務調査と比較すると、22事務年度の税務調査件数は2943件、申告漏れ所得金額は980億円といずれも暗号資産より多いが、1件当たりの追徴税額は623万円と少ない。裏を返せば、それほど多額の申告漏れが生じるのが暗号資産取引であり、この傾向が続く以上、税務調査が増えることは自然なことだ。

 暗号資産取引で1件当たりの申告漏れがこれほど多額になるのは、暗号資産の価格が短期間で急激に変動しやすい性質が大きく影響する。個人の暗号資産取引は原則として雑所得の扱いで、給与所得など他の所得と合算して所得税額を決める総合課税の対象だ。給与所得者の副業なら年間20万円以下の雑所得は申告不要だが、暗号資産取引で得た利益が大きければ大きいほど段階的に所得税率は高くなり、住民税と合わせた最高税率は55%にもなる。

 所得税全体の税務調査の総件数は約3万6000件であり、暗号資産取引の調査はそのうちの615件のため、数が少ないと思われるかもしれない。だが、国内の税務署数は524であり、単純計算で一つの税務署で1件の暗号資産の税務調査が行われたことになる。税務署内で1件でも暗号資産の調査がされれば、調査スキルは多くの税務職員に共有される。さらに、国税庁は23年度から税務署の第一線で活躍する「国税専門官」の採用試験に理工・デジタル系の試験区分を設けており、人材育成も強化し始めている。

メルカリで口座急増

 外国の情報に関しては、前述のCRS情報に加えて、暗号資産に特化した情報交換制度も検討されつつある。この制度は「CARF(Crypto-Asset Reporting Framework=暗号資産等報告枠組み)」と呼ばれ、各国の暗号資産取引業者などに対し、非居住者の暗号資産関連の取引情報を自国の税務当局に報告するよう義務付けるものだ。日本を含む48カ国・地域が23年11月、共同声明を発表し、27年までの制度開始を目指している。

 国税庁が暗号資産取引の税務調査において国内外で対応を急ぐ背景には、暗号資産取引所の口座数の急増や、メタバース(ネット上の仮想空間)の拡大、NFT(非代替性トークン)などブロックチェーン技術を使った「ウェブ3.0」(分散型ネットワーク)の普及がある。こうした新たな…

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