富裕層はつらいよ 申告漏れ指摘は過去最高に 奥村眞吾
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相続税のマンション評価の見直し、国外財産調書、生前贈与の持ち戻し期間延長……。富裕層は「国が自分に何をしてくれたのか?」との気持ちを抱いている。
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最高裁で2022年4月、ある判決が出てから、にわかに富裕層の相続税対策に異変が生じた。判決によって、最も古典的でオーソドックスな不動産を使った相続税対策が否認されたのだ。通常、相続財産の評価は相続税法22条で「時価」によると定められている。実際、その時価は国税庁の「財産評価基本通達」により、宅地は「路線価」、家屋は「固定資産税評価額」となっている。この裁判は、通達に沿って相続人が相続税を申告したが、税務署が評価方法を否認して追徴課税したことで始まった。
路線価は通常、時価の8割程度の水準で設定されるうえ、アパートなどの賃貸物件の場合は借地権割合等を控除することもあり、賃貸物件では時価が1億円でも相続税評価額は3000万円以下となることも珍しくない。相続税率30%の人が、現金で1億円を相続すれば相続税が3000万円となるが、評価額3000万円のアパートとして相続すれば累進課税のため500万〜600万円にまで相続税を下げられる。そのため、ハウスメーカーはこぞって「アパートを建てれば節税になる」と宣伝し、賃貸物件を多く建ててきたのだ。
ところが、札幌市の90代の資産家男性の財産を巡って“事件”は起きた。男性から賃貸物件を財産として相続した子どもらは、路線価を基に購入時の借入金などを差し引き相続税額は「ゼロ」と申告した。一方、税務署は、通達内の例外規定を用いて賃貸物件を時価で再評価し、約3.3億円を追徴課税したのだ。最高裁判決では国側の勝訴となったが、例外規定を適用する明確な指針も示されず、現場は混乱している。富裕層は節税策としての賃貸物件購入には容易に手を出さなくなった。
タワーマンションは不動産を活用した最も分かりやすい相続税の節税方法だった。タワマンは敷地面積に対して総戸数が多く、土地の持ち分が小さくなることなどから、東京の都心部のタワマンでは3億円の時価に対して相続税評価額によって6000万円というのもある。そこで、24年1月から通達でマンションの相続税評価方法が見直された。これまでの評価方法で相続税評価額が時価の6割以下となるなら、マンションの相続税評価額を6割まで引き上げるものだ。ますます富裕層の相続税対策の手法は狭まった形だ。
法人税も節税策封じ
10年ほど前までは相続税がかかる遺産を残した人は年間5万人台だったが、国税庁によると22年分は15万858人まで増加した。この年に亡くなった人は約157万人だったため、10人に1人は該当する計算だ。被相続人(亡くなった人)の1人当たり相続税額は1855万円で、当然、数万円しかかからなかった人から何百億円とかかった人までいる。この大きな要因は、15年の税制改正で相続税の基礎控除を「5000万円+1000万円×法定相続人数」から「3000万円+600万円×法定相続人数」に引き下げたからだ。
その後も、富裕層の課税漏れを防ぐため、国はさまざまな手を打ってきた。まず、国外に5000万円超の財産がある人は確定申告時に「国外財産調書」を提出しなければならなくなった。さらには、日本の相続税が重いために海外へ“脱出”する人をターゲットに、いわゆる「出国税」(国外転出時課税)も設けられた。株式など有価証券を1億円以上所有する人を対象に、国外へ居住の拠点を移して非居住者化する際、有価証券などの含み益に対して特例的に所得税(復興特別所得税を含む)を課税するものだ。
また、年間の所得金額が2000万円を超え、かつ財産が3億円以上ある人、もしくは所得が2000万円以下でも財産が10億円以上の人は、「財産債務調書」にきめ細かく自分の財産を預金、株、不動産などに分け、その価額を税務署に提出することが必要になった。さらには、財産債務調書では暗号資産についても、国内外どこで保有するにしても国内財産として報告義務ができた。このように、資産家を裸同然に財産を可視化する政策が採られ、まさに国に監視されている状態だ。
生前贈与は年々厳しく
経営者の間ではやった法人税の節税スキーム封じも、徐々に増えてきた。ドローンやLED、足場など「少額減価償却資産」を利用した節税スキームは22年度の税制改正で封じられたほか、中小企業に対する優遇税制ではコインランドリーや暗号資産のマイニング(採掘)に対する設備投資が23年度の税制改正で対象から外された。税制の隙(すき)を突いた節税策が編み出されると、国税がそれを封じるといういたちごっこが延々と続いている。
相続税の軽減対策として、国が用意した生前贈与の制度が設けられている。1500万円まで無税の「教育資金贈与」、1000万円までの「結婚・子育て資金贈与」、1000万円までの「住宅取得資金贈与」だ。活用できる人たちは、それなりに子孫への相続税の負担が軽減される。しかし、生前贈与でも大きな変更が加えられた…
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週刊エコノミスト
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