第5のがん治療法「光免疫療法」 国内150施設で治療開始 芹澤健介
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従来の手術や抗がん剤、放射線治療といったがんの治療法とは全く異なる「光免疫療法」。楽天メディカルが独占的にライセンスを持ち、世界に先駆けて日本で広がっている。
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がんは非常に複雑でやっかいな病気だ。原発巣(最初にがんが発生した部位)の種類や進行度が違えば治療法も異なる。一方で、医療技術の進展とともにその選択肢も増えている。3大治療法とされる「手術(外科療法)」「抗がん剤(化学療法)」「放射線」のほか、最近は体の免疫の力を利用した「免疫療法」も「第4の治療法」として認識されてきた。さらに「第5」として注目を集めるのが「光免疫療法」だ。
光免疫療法は2020年9月、世界に先駆けて日本で承認された。現在、保険診療の対象となっているのは、咽頭(いんとう)がんや舌がんなど一部の頭頸部(とうけいぶ)がんのみ。厳密には「切除不能な局所進行、または局所再発の頭頸部がん」で、かなり病状の進んだステージⅢかⅣの頭頸部がんだ。
現在は米国やインド、台湾をはじめ世界各国で臨床試験が進むのと並行して、国内の複数の施設で治療も始まっている(24年春の時点で全国約150施設)。1回の標準的な治療費は薬剤費などを含めて約600万円だが、自己負担を軽減する高額療養費制度が適用されるため患者の負担は多くても数十万円になる。
これまでの治療法との最も大きな違いは、がんを細胞レベルでより分けて攻撃できる点だ。3大治療法の手術、抗がん剤、放射線の場合はそれぞれ、がんを「切る」「殺す」「焼く」やり方でがんを体から除去することを目指すが、同時に正常な細胞も傷つけてしまう。どんな天才外科医でも正常細胞とがん細胞を正確に区別して治療することはできなかったが、「光免疫療法」はそれを可能にする。
近赤外光と薬剤を利用
がんを攻撃する際に使われるのは、テレビのリモコンなどにも利用される日常的な「近赤外光」だ。高出力のレーザーでがんを焼くわけでもないので、実際に治療で使う光に直接手をかざしても熱くはない。
むしろ特殊なのは、同時に使われる「アキャルックス」という薬剤だ。光を表す「明かり」と、光の単位「ルクス」を組み合わせて名付けられた。「IR700」という光感受性物質と、「がん細胞の表面に多く現れるたんぱく質と結合する物質」との複合体で、狙った特定のがん細胞とだけ結合し、700ナノメートル(ナノは10億分の1)付近の周波数の近赤外光を当てると急激な化学反応を起こす。こうした反応はがん細胞の細胞膜を破壊する効果があり、「ナノ・ダイナマイト」とも呼ばれる。
実際の治療もまた従来の方法とはまったく違う。まずは患者にこの薬剤を投与する(点滴で数時間)。翌日、薬剤ががん細胞に行き渡った時点で、レーザー照射装置で患部に近赤外光を当てる。その瞬間、がん細胞と結合している薬剤の分子構造が変化し、がん細胞表面に約1万個もの傷がつく。そして、イオン濃度の差で周囲の水が細胞内へ一気に入り込むと、がん細胞が水風船のように膨れて破裂するのだ。一つ一つのがん細胞にナノサイズのダイナマイトを仕掛けて、スイッチオンで根こそぎ破壊していくようなイメージだ。この時点で周囲の正常細胞を一切傷つけていない。
攻撃と防御の二段構え
これだけでは終わらない。がん細胞が破壊された次の瞬間、がん細胞周辺の免疫細胞が活性化し、残ったがんに対してさらに攻撃することが確認されている。患者の免疫ががん細胞に対して有効に働くことで、同じがん種の再発を防ぐワクチン効果もあるという。
つまり、光免疫療法はその名の通り、「光」でがん…
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週刊エコノミスト
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