認知症新薬「レケンビ」 使える患者が限られる三つの理由 村上和巳
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認知症患者や家族が待ち望んだ新薬の登場だが、「治す薬」ではないことに注意が必要だ。投与できる患者もごく一部にとどまっている。
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先進国有数の超高齢社会を迎える日本で今後、一層深刻化してくるのが認知症患者の増加だ。内閣府の認知症施策推進関係者会議は、国内の認知症患者数は2025年に65歳以上の高齢者の約8人に1人、約472万人に達すると推計している。
認知症には複数の原因疾患があるが、全体の約7割を占めるのが脳内に蓄積した「アミロイドβ(ベータ)」や「タウ」と呼ばれる悪性たんぱく質が神経細胞を死滅させるアルツハイマー病である。前述の推計値を基にすれば、日本には現在約331万人と膨大なアルツハイマー病患者がいるにもかかわらず、治療薬開発は停滞が続いていた。
そうした中で昨年12月、12年ぶりに発売されたのが新薬「レケンビ」(一般名「レカネマブ」)だ。多くの患者とその介護に苦心する家族が待ち望んだ新薬だったが、製造・販売元のエーザイが3月上旬に明らかにした処方医療機関は全国で約250施設。国内医療機関のわずか0.1%強に過ぎない。24年度中の予測投与患者も約7000人にとどまる。この患者数に比して投与者が少ない現実こそが、レケンビが抱える限界を示している。
レケンビは、神経細胞の死滅を引き起こすアミロイドβに結合する人工的な抗体を薬にした抗体医薬品の一種だ。静脈に注射すると、体内に入った抗体が脳内にたまったアミロイドβと結合し、それを目印に集まってきた免疫細胞の働きでアミロイドβを分解・除去する(図1)。理論上はアルツハイマー病の原因治療といえるが、注意しなければならないのは「治す薬」ではないということだ。
そもそも脳内でのアミロイドβの蓄積は、本人も気付かないまま50代くらいから始まり、20~30年を経てアルツハイマー病の発症に至る。発症直後からレケンビを投与し始めると、蓄積したアミロイドβは除去されるものの、その時点までに損傷した神経は自力でも最新の医療技術でも再生することはない。投与開始時点からの神経損傷の進行を最小限に抑える効果なのである。酷な表現をすれば、止まらない洪水で床下浸水した家屋の床上浸水を防ぐため、応急的に水をくみ出すポンプやバケツのような役割なのだ。
投与対象者はごく一部
レケンビの承認の決め手となった臨床試験からその進行抑制効果を計算すると、レケンビを投与しない場合と比べ、あるレベルまでの認知機能低下を1年半の投与で5.3カ月遅らせることできる見込みだ。こうした効果やアルツハイマー病の発症経過を考え合わせれば、脳神経の損傷が少ない発症初期で有効なことは容易に想像がつくだろう。
アルツハイマー病は、前述のアミロイドβ蓄積の進行とともに、①ほぼ問題なく日常生活を送りながらも物忘れの頻度が増える発症前段階の「軽度認知障害(MCI)」、②外出先での迷子、お金の取り扱いが不正確になる、物をなくす・置き忘れるなどの症状が現れる「軽度」、③家族を認識できない、新しいことを覚えられない、徘徊(はいかい)や幻覚・妄想などが出る「中等度」、④コミュニケーション能力をほぼ喪失する「高度」──の順で進行する(図2)。
レケンビの投与対象者になるのは、このうちのMCIと軽度。しかも、それらの患者の中でも、陽電子放射断層撮影(PET)と呼ばれる画像診断、あるいは麻酔下で背中に針を刺して行う脳脊髄(せきずい)液検査で脳内のアミロイドβ蓄積が確認された人のみだ。
また、厚生労働省はレケンビの投与を行うことができる医療機関の施…
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週刊エコノミスト
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